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7話 聖女様②


 ナリタンの街の総合病院は外科、回復魔法、薬剤を使える近隣最大規模の病院であり、周囲にある小規模な衛星都市も含めて面倒を見ているので、日々患者が溢れている。他所の街からナリタンへの移動は魔物と戦いながらの命懸け、そのため人々は高い医療税を支払い、その税金で武装救急隊が組織されていた。


 武装救急魔道車、武装消防魔道車、ヘリコプター型レシプロン、護衛部隊。これだけの戦力を揃えられる街は限られていて、一番近い同規模の街はトーキー湾沿いのキャッツアイの街だけである。


 ツシマはライルを小脇に抱えたまま庁舎の側にある病院へと入った。受付で事情を説明すると、日常茶飯事なのだろう。なんて事はなく、中年の女性看護師が現れてツシマを聖女の下に案内する。


「この子はチームメンバーかしら? お友達?」


 中年女性看護師は、ライルの身元に繋がる情報を得ようと話を振る。


「いえ、仲間でも友達でもありません。猟師の顔見知りです」


 全力で否定する。仲間認定されて高額の医療費を請求されてはたまらない。


「あ、そ、万が一の時は猟師組合に問い合わせればいいか」


 そう呟いて、復活室と書かれた部屋の前で止まった。


「聖女様、患者さんですよ! 仕事ですよ!」


 引き戸のドアを叩きながら、やや大きめの声で部屋の中に呼び掛ける看護師。ツシマは何故にそこまでと疑問に思ったが、少しすると中から気の抜けた返事が帰って来た。


「んぁ〜、死体か? ……よ〜し、入りな」


 看護師が「まったく、またお酒か……」と、愚痴をこぼしながらドアを開け、ツシマとライルの死体が中へ通される。


 中はいたって普通の診察室。机が1台と簡易のベッドが1台。

 そして聖女といえば、机の椅子にだらしなく座り、昼間から〈女独り〉とラベルの貼られた日本酒を直に煽っていた。


 歳は40歳前後、白衣を着て、肩まで伸びた黒髪に少し白髪が混じり、なかなかの美熟女であるが、酒で目がとろけている。

 ツシマは瞬間的に「うわ」と小さく声に出てしまった。


「う〜、ダルい。おい、少女。死体をベットに置け」


 如何にもダメ人間そうな声を出して、顎でベットを示す。

 性別を間違われたが、今は気にする時ではない。

 看護師に手伝われながら、ライルをベットへ横たえた。


 すると聖女は椅子から立ち上がり、ライルの閉じた目を指で開いてペンライトで瞳孔反応を調べる。次いで首筋の脈を取り、同時に体温も調べる。一応まともな、死亡診断方である。


「確かに死んでるな。うん、この程度なら生き返るだろう。少年はこいつの仲間か?」


 全力で首を振るツシマである。


「そうか、3回失敗すると体が灰になって消えてしまうがいいか?」

「えっ? そうなんですか? でも、俺に聞かれても」

「ああ、仲間じゃないんだったな。だがな、時間が経つほど復活の成功率が下がるんだ。やっちまうけど、良いな?」

「いや〜、俺には何とも」

「ふん? 仲間じゃないんだったな? まあ、やっちまうか」


 酔っ払って話が通じていない様子。

 看護師がツシマの肩を叩いて「うんうん」と理解を示した。


「聖女様! 猟師組合には後で連絡しますからやって下さい! どの道、やるしかないんですから!」


 ややキレ気味に、看護師が聖女を促した。

 それを聞いた聖女は腕を捲くる。その時、足下がふらついていた。不安である。


「よ〜し、一丁やるか!」


 聖女は立ったまま、ベットに横たわるライルの体の上に両手をかざした。そして。


「甦るのだ〜! 我が聖光で〜!!」


 室内なのに、天から眩い光がキラキラとライルの体に降り注いだ。あまりの煌めきと神聖さに、直視が難しいほどである。


「おぉ〜!」


 初めて見る神秘的な光景に歓声が自然と湧く。


「…………………………」

「…………おぉ〜?」

「…………失敗だ」

「おぅぇ〜!?」


 失敗であった。ライルの体はピクリとも動かない。


「まあ、まあ、まあ、あと2回あるから」

「聖女様! お酒のせいではないですか!? しっかりして下さい!」

「うるさいな! 酒と復活魔法の成功率は関係ないよ!」


 聖女と看護師が口論を始めて居心地が悪い。

 ツシマはそっと、入口の隅に避難した。


「では、気を取り直して。甦るのだ〜! 我が聖光で〜!」


 再び同じキラキラ。そして。


「う、う〜ん。おぇ! げへ! ごほ、ごほ!」


 なんとライルが咳き込みながら息を吹き返したではないか。ツシマは聖女の奇跡を目の当たりにして、しばし呆然となった。


「成功して良かったな小僧。ほれ、連れてきてくれた仲間に感謝しろ。あ、仲間じゃないんだっけか?」


 ライルは上半身を起こして、胸を押さえながら周囲を見回していた。状況が掴めず困惑しているのは明らか。しばしキョトンとした後、知り合いのツシマに視線を定めた。


「あ、あれ? お前、ツシマじゃん?」

「おう! 助かって良かったな!」

「ん? ツシマ?」


 ライルが立ち上がろうとしてよろける、それを看護師が支える。ツシマはそれを見守りながら、聖女が自分の名前に反応した事が気になった。


「君、自分の名前を言える? ここが何処だかわかる?」


 看護師がライルに優しく問い掛ける。

 ライルはしばらく考えた後、徐々に記憶をハッキリとさせていった。


「そうか、俺、角ウサギに殺されたのか……」

「頭は大丈夫みたいね。念の為、胸のレントゲンを撮りましょう。それから治療費の話もね」


 看護師に支えられながら部屋を出るライル。

 去り際、小さな声でツシマに「ありがとう」と呟いた。


 万事一件落着。ツシマも診察室を出ようとしたその時、聖女から引き留められる。厄介事の予感。


「少女じゃなくて少年なのか? ツシマと言うのか? ツシマ・ヒラタ?」


 何故かフルネームで呼ばれる。身バレしている模様。


「……そうですけど、なにか?」

「おお、そうか! 〈ぶっ飛ばしのユリ〉の息子のツシマか! 猟師になったのか!」

「えっ? 母さんを知っているんですか?」

「おお、おお、ユリは復活の常連だったからな。そうか、そうか、息子も猟師になったのか。お前、ちょっと座れ、酒飲むか?」


 聖女はツシマに簡易ベットに座れと言う。

 自分は机の椅子に座り、日本酒の瓶を持ってツシマに向き合った。

 ずい! と一升瓶を突き出し、そのまま飲めと迫るが流石に飲めない。未成年の飲酒、駄目絶対!


「いえ、お酒は遠慮します。それで、母さんが常連とは?」

「ん? ユリはガチの戦闘狂でな、6回ほど復活させた。生命力と運が強くてね、復活最高記録だよ。それでも最後は助けられなかった、残念だねぇ」


(……母さんは合計7回も死んでたのか)


 聖女は遠い目をしてしみじみと一升瓶を煽る。せっかくの美熟女が台無しのアル中である。けれどツシマは、自分の知らない母親の話に興味を惹かれたのであった。


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