53話 ついに戦車
「ぐす、お祖母様、泣きすぎてお化粧が崩れてしまいました、えへへ」
「ふふ、私もですよツシマさん」
涙を流すとストレス物質も流れ出す、抱き合う事で幸せホルモンも分泌される。ひとしきり泣いた2人は心が軽くなって笑いあった。
「大奥様、ツシマお嬢様、下でお化粧直しを致しましょう」
シバタに促され、両親の御墓に後ろ髪を引かれながら屋上庭園を後にする。
衣装室でメイクを直すと言われ、ツシマは前回のドレスが大量に用意された部屋を思い浮かべたのだが、あれはツシマ専用に用意した部屋であり、今回は華奈専用の衣装室で一緒にと誘われた。
(ひょぇ〜! あれが私専用だったの!? お祖母様専用が他にもあるとか、本気お腹痛い!)
華奈専用の衣装室は、設備、服の数、調度品、全てにおいてツシマ専用を上回っていた。化粧台も美容院とよく似た造りになっており、壁際にズラリと並んだ幾つもの鏡と椅子。華奈専用のはずなのに、いったい他に誰が座ると言うのだろう。
「ツシマさん、隣に」
「はい、お祖母様」
周りにはいつの間にかシバタ+6人の家政婦達+藤枝。
シバタと3人が華奈の化粧直しを、残り3人と藤枝がツシマを担当。計8人の手が、千手観音の如く2人を磨き上げていく。
「大奥様、とてもお美しく御座います」
「ありがとうシバタ」
「ツシマさん、綺麗ですよ」
「ありがとう御座います藤枝さん」
身嗜みを整え終わると時間はもうお昼であった。
今からお茶というのもタイミングが合わず、華奈が昼食を提案する。例の大食堂に移動して、ここでも並んで座り、日常の事など他愛のない話に盛り上がる。
しばらくすると。
「ツシマお嬢様、大奥様、お待たせ致しました」
中年男の声がした。振り向くと、あの日のやや太り気味料理長がカートを押して自ら現れた。
「お嬢様、またお会い出来ましたね」
「料理長さんあの時はごめんなさい、お料理美味しかったです。怒った自分が恥ずかしい」
「恥ずかしい事などありません。私は嬉しいです」
そう言って、カートに乗った昼食を配膳する。
「メニューはおにぎりと豚汁、香の物で御座います」
テーブルに並べられたのは2つのおにぎり、湯気を上げる具たっぷりの豚汁、沢庵と茄子の漬物。
「意外ですか? ツシマさん」
華奈の問いはズバリであった。上流階級の大奥様が、おにぎりと豚汁とお新香とは夢にも思わなかった。
「フルコースよりこちらの方が気楽で良いでしょう? 私も肩が凝らなくて助かります」
初対面の時が嘘のようにツシマに合わせたメニューであるが、あれは華奈視点からツシマを最大限持て成そうとした結果であり、生活水準の差でしかない。結局最初も今も、ツシマを可愛がりたい気持ちは同じなのだ。
「冷めない内に頂きましょう」
「はい」
難しいマナーを気にする必要もなく、これならリラックスして食べられる。まずは豚汁を手にとって一口啜る。
「っ! 美味しい」
ツシマの驚きに、料理長が「ありがとうございます」と頭を下げる。
「お出汁と鎧猪の脂が合わさって甘いです」
「恐縮です」
「根菜類が口の中をさっぱりさせてくれます」
「本日は良い根菜魔物が入りましたので」
海苔の巻かれた三角のおにぎりを一口パクリ。
「っ! お米が違う!」
「タコ産のリトルライストレントで御座います。それを一粒一粒厳選致しました」
「それほどの手間を?」
「ツシマお嬢様のお口に入る物に手間は惜しみません」
沢庵をお箸で一切れ口へ運ぶ。「ポリぱり」
「なにこれ! 凝縮された旨味と絶妙な塩気!」
「私が若い頃から育てている糠床で漬けました。これはユリお嬢様も大好きでしたので、嬉しいです」
素朴に思えて全てが一流。上流階級とはやはりそうなのだ。
「ご馳走様でした」
「お粗末様です」
全てを完食すると料理長自らテーブルを片していた。
彼が持ち場の厨房に去った後、華奈が教えてくれる。
「料理長はツシマさんに食べてもらえて嬉しいのですよ」
「お母さんを知っているみたいですけど」
「我が家に勤めて長いですから。ユリも料理長の料理が大好きでした」
食後の緑茶を飲みながら、たぶん料理長には母ユリに対して特別な想いがあったのだと、ツシマの女の感が告げていた。
のだが、ツッコんで面倒な話になったら嫌なのでスルーした。
「ツシマさんは納涼祭りでカラオケ大会に出場するのですね」
「そうです、よくご存知で」
「秋津さんに聞きました。猟師の極秘任務だとか」
どうやら秋津は華奈にかなりの情報を流しているらしい。日曜日の様子からも母親に逆らえない弱い息子オーラが出ていたし、見た目と違って案外小心なのかもと思う。
「そうなんです。私が目立つ事で街の安全に役立てるらしいので」
「ダークハンターズを誘き寄せる囮ですね。……まったく、よりにも寄ってツシマさんを使うなんて」
華奈はその件に少々怒であった。
仕事は納涼祭りでカラオケ大会に出場する。それだけであるし、護衛も付ける。けれど犯罪組織に愛娘が目を付けられるのは気分のいいものではない。
「本日よりマミヤ家からも護衛を出します」
「え? でも、それは」
「大丈夫です。ツシマさんの生活を乱さぬよう、陰から見守るプロフェッショナルを派遣します」
「はぁ、ありがとうございます。でもお祖母様、私もそれなりに強いんですよ?」
「分かっています。それでも愛する娘のためにできる事をするのが母なのです」
気持ちは嬉しい、問答も無駄。なので素直に好意を受け取る事にした。
「それともう一つ、本日はツシマさんに贈り物があるのです」
「贈り物ですか?」
想像したのはドレスや装飾品の類。またお腹が痛くなる。
「本当は猟師の様な危険な仕事は辞めてもらいたいのですが、無理強いしても良い結果にはなりません」
ツシマはお茶を啜りながら、そこは本心から学習したようで何よりだと安堵した。
「ならばせめて、ツシマさんの力になる物を贈りたいのです。地下駐車場へ行きましょう」
「地下ですか?」
予想と違い、何を贈られるのかと身構える。
駐車場にあって、猟師業に役立つ物。ツシマは頭を傾げた。
◇◇◇◇◇
シバタ、藤枝をお供にして、華奈に連れられて地下駐車場の一角、マミヤ家のプライベートスペースに移動する。そこには数台の高級魔導車が停まっており、財力の大きさを見せ付けられる。
そのプライベートスペースの一番奥に、シートを被せられた1台があった。
あまり大きくはない、シートも埃を被っている、長い間放置されていたのが一目で分かるその前に、華奈は立ち止まった。
「これです」
「お祖母様、これは魔導車ですか?」
大きさから予想するに魔導車である様子。
全長は3メートル前後、長さのわりに高さはある。
そしてシート越しのシルエットは、車にしては歪に思えた。
「シバタ、藤枝、シートを外して」
「「はい、大奥様」」
指示を受けた2人が、極力埃が立たぬように、ゆっくりと慎重にシートをめくって車体を露出させていく。
後ろから順に。
車体後部は四角い形をしている、そこには魔石炉と魔導エンジンが搭載されているのだろう。タイヤは車体に釣り合わない大きめのコンバットタイヤ。
中間が露出する。
驚いた事に車体の上に箱が乗っていた、回転用のターレットになっているので上下別々の動きをすると思われる。車体そのものも装甲化されている。戦闘用だという事だ。
シートの全てが外されて全体が露わになった。
車体そのものは、四輪コンバットタイヤの装甲化された軽自動車の様だった。
フロントガラスは分厚い防弾ガラスと防弾鋼板で守らている。
助手席に位置する場所には小型魔導砲の発射口がある。魔導砲とは、実弾の代わりに魔力を破壊エネルギーとして発射する機構だ。
車体の上には小型の回転砲塔が乗っていた。それは一般的な実弾主砲ではなく、短砲身で魔導レンズのハマった魔導砲を主砲としている。そして大きさから言って砲塔に人が入るスペーはない。
「お祖母様! これは!?」
小型一人乗りであるが、間違いなく戦車であった。
戦車大好きのツシマの興奮は一瞬で天元突破したのである。
「凄い! 凄い! 凄い! カッコいい!!」
許可もないのに近付いて、ペタペタと触りまくる。車体の色はオールグリーンである。
「気に入りましたか?」
「はい! とても!」
華奈は隣に立って戦車を一撫ですると、説明を始めた。
「これは旦那様がお若い時に、キャッツアイの街に特注した試作戦車です」
「試作ですか?」
「あの頃はマミヤ家の勢力拡大のために、様々な試みをしました。小型主力戦車の開発もその一環」
「でも、これは初めて見ます。図鑑にも乗っていません」
「ふふ、そうね。これは試作戦車ZND―01、設計が野心的過ぎて量産に適さず御蔵入りした物です」
「……ZND―01」
「小型化でコストダウンを目指し、主砲と副武装をスペースを取らない魔導砲にした事で、逆に魔力消費が増して戦闘継続時間を縮める結果となりました。あの当時の魔石炉と魔導エンジン性能では無理のある設計だった様です」
偶然にも、すり潰した枝豆と同じ名を持つワンオフ機。グリーンに塗られた小さな車体にツシマは魅入られた。
「高性能な魔石炉とエンジンが開発される未来を信じて今日まで保管して来ましたが、現状で十分に実戦に耐えられます。稼働時間の短さは、街から遠く離れなければ問題になりませんよ?」
結局の所、ツシマを手放したくないマミヤ家のご機嫌取り作戦の妥協案が、稼働時間の短い高性能戦車ZND―01を贈る事であった。
「もらって良いのですか?」
「もちろん、これがツシマさんの力になるなら幸いです」
「今、乗ってみても良いですか?」
「どうぞ」
ZND―01の搭乗は車のように運転席側のドアを開けて中に入る。内部は一人乗り、運転席は狭くハンドルとペダルで操作する。戦闘サポートは魔導AIが行うので1人での運用も問題ない。
助手席側は副武装の小型魔導砲で埋められている。
後部も魔石炉と魔導エンジンで埋められている。
砲塔部分は主砲となる魔導砲で埋められて運転席からは中を覗く事すら出来ない。
「ツシマさん、これが機動キーです」
「ありがとうございますお祖母様」
華奈に手渡された鍵をスターターに挿し込んで捻る。
1段目は電源が入るだけ、まだエンジンは機動させない。
運転席に明かりが灯り、各種計器のメーターの針が動き出す。ハンドル左側にある魔導パネルが光り、周辺レーダー画像が浮かび上がった。
「凄い、周囲の地形が表示されてる。人間も映っているから、魔物も同じかな?」
キーをもう一度捻ってエンジンに火を入れようとしたその時、華奈が待ったをかけた。
「お待ちなさいツシマさん。貴女、免許は持っているの?」
「免許?」
「防壁の外ならいざ知らず、街中を走らせるには運転免許が必要ですよ」
「免許!」
戦車しか興味のないツシマは失念していたが、街の中で魔導車を運転するには免許が必要。当然、教習所に通って習得する。
「一度降りなさい。運転は免許を取るまでお預けです」
「そんな〜!」
「大丈夫、私が責任を持ってサポートしますよ」
「本当! お祖母様大好き!」
ツシマは華奈に飛び付いてハグをした。
「よしよし」と頭を撫でる華奈はツシマから見えない位置でほくそ笑む。全ては華奈の作戦通り、チョロいツシマはあっと言う間に華奈に懐いて、たった数時間で産まれた時からの母娘の様である。所詮、役者が1枚も2枚も違うのだ。
「ZND―01は明日にもヒラタの家へ届けさせますから、今は戻ってお茶にしましょう。料理長が美味しいケーキを用意しています」
「はい、お祖母様!」
「マナーも私が丁寧に教えます。安心して良いのですよ」
「はい、お祖母様!」
「仕立て屋を呼んで、ちゃんとしたドレスを作りましょう。貴女に相応しいドレスを」
「はい、お祖母様!」
「カラオケ大会は私も観戦させて頂きます。ツシマさんの晴れ舞台がとても待ち遠しいわ」
「はい、お祖母様!」
こうしてツシマはウキウキ気分でマミヤ家の娘となった。
本人が幸せならそれで良いのだが、チョロインとは正にこれではないだろうか?
浮かれるツシマのバックの中で、忘れられた謎球がチカチカと点滅を繰り返していた。