51話 お祖母様襲来
占いを終えて昼食をとることにした。
評判の良いお蕎麦屋がナリタ寺の範囲内にあるので、ちょっと渋い感じもしたが、たまにはそれも良いかと少年少女は背伸びしたい気分になった。
お昼の時間、人気のお店、広くない店内、10人という大人数。当然待たされる。待ち時間は先ほどの占いの話で盛り上がる。
「私とツシマちゃんの相性は最高って事だよね」
「うん、三葉ちゃんと俺はずっ友だよ」
三葉とツシマが占いをポジティブに解釈していちゃついている。そもそも占いとは、曖昧な言葉で受け取る側に解釈させる技法で商売しているのだ、ノスト◯ダムスさんがまさにそれだ。2人は元々仲が良いのだから、いい方向に解釈が働くのである。
「アンズちゃん、私達も良い結果だったね」
「うん、シャクティちゃんと仲良しで良かった」
小学生美少女2人も絆が深まった様子でなにより。
「俺がツシマと一番相性が良かった」
「馬鹿を言うなライル君、僕が一番だ」
「いや、モヤシよ。俺が一番だ」
「兄貴、悪いが俺が一番だ」
男組の会話は本当に下らない。全員適当な事を言われていたのに、解釈が前向き過ぎる。若さ故に経験が足らず、現実を知らないのはむしろ羨ましい。
「そもそも僕のお母さんはツシマさんのお母さんの幼馴染だったんだ、つまり産まれる前からの繋がりがあるんだ、これこそ運命だと思う。ツシマさんは僕に任せたまえ」
タケルがドヤ顔で親同士の繋がりを強調すると、他の男共がカチンと来た。
「うるせぇモヤシ、親の名前を出すな! 男なら自分の魅力で勝負しろ!」
「兄貴の言う通りだ! 俺は双葉Jrに自信がある」
「タケル、いくら親友でも出自マウントは許せないぞ」
「うぐっ!」
男共がどうでもいい会話をして時間を浪費している内に席が空いた。ようやく店内に案内されて、思い思いに座って注文をする。メニューには丼物もあるが、そば屋に来たのだから全員蕎麦を注文。夏の暑い日なので当然ざる蕎麦、そしてキレートと一郎はビールも注文していた。
「キレートさんは昼間からお酒を呑むんですね」
非難と言う程ではないが、意外だったのでツシマがそう聞いた。
「まあね、観光地で昼間から呑むビールは美味しいよ?」
「そんなものですか」
「ツシマ君も呑む?」
「え? 駄目ですよ、お酒は二十歳になってからです」
「ふふ、真面目だね、可愛い」
「一郎さんも普段からお酒を呑むんですか?」
「おお、毎日は飲まないけどな。キレートさんの言う通り、大人の贅沢だよ」
店員がビールジョッキを2つテーブルに置く。
ジョッキもビールもキンキンに冷やされて、ガラス表面が結露して、如何にも涼し気。黄金色の液体に蓋をするたっぷりの泡。泡が多いのは決して損ではない、ビールをより美味しくするために泡は重要な存在なのである。
キレートは両手でジョッキを持って「コクコク」と控えめに喉を鳴らす。一郎は片手で持って、一気に「グビー!」と流し込む。男女の違いであるが、ジョッキから口を離した瞬間は同じ。
「ふぅ〜! 美味し」
「ぷはぁ〜! 美味い!」
そんな姿を羨ましく眺めるライルと双葉。
実の所、2人は家では飲んでいる。しかし外だとマイ番号カードで身バレするから呑めないのである。残念。
2人のジョッキが空になる頃、お蕎麦が出来上がった。
ナリタンの名水で洗われてキラキラツルシコの蕎麦が食欲をそそる。蕎麦つゆもお店の秘伝の味で評判の1つである。
「「「いただきま〜す!!!」」」
刻みネギ、ワサビの薬味はすぐに使わない。最初の一口は蕎麦とつゆの味を楽しむ。お箸で少しつまみ、蕎麦の尖端にだけつゆに付けて、その後一気に啜る。
「「「ずずず〜!!!」」」
この音が蕎麦の醍醐味なのだ。無作法、不快と言う者もいるが、これが伝統なのである。
「「「美味い!!!」」」
喉越し爽やか、蕎麦の風味が暑さを和らげてくれる。
蕎麦とは、温でも冷やでも、季節を問わず美味しい。
ズルズルと蕎麦を啜ると、おもむろにキレートが切り出した。
「ツシマ君、明日から納涼祭りが終わるまで狩りはお休みしよう」
事前になんの説明もなく突然の宣言。
狩りが大好きなツシマには嫌な話だ、疑問に思う。
「どうしてですか? キレートさんに予定があるんですか?」
自分は狩りを休みたくない。休む理由もないし、キレートの問題だと思うのは必然。
「色々と騒がしくなっているからね、街の中にいる方が僕は助かるんだよ」
それはサキッチョ関連の事情だと暗に伝えているのだ。
ダークハンターズの活動が納涼祭りを目前にして活発になっている。それの意味する所はキレートも掴んでいないが、人が集まるイベントでテロを起こすのはよくある事なので警戒は密にしたい。
「……分かりました」
ツシマは退屈な1週間になるなと、落ち込んだ。
「一郎君、そう言う事だからパパとママによろしく」
キレートが物流倉庫ダンジョンに行けないと伝える。
「分かりました。うちの両親も猟師組合からの警備依頼で金曜から忙しいので大丈夫です」
一郎の説明では、人が一気に増える納涼祭りの警備に防衛隊の戦力だけでは足らず、素行の良い猟師に警備の依頼が出るのは毎年のことなのだとか。
ナカムラパパママは数年前からこの依頼を毎年受けていて、お祭りを回る時はいつも3兄弟。あるいはそこに友達が混ざるだけ。両親とお祭りに行ったのは子供の頃だけだ。
「そうなんだ、パパとママがいないのは寂しいですね」
ツシマが自分の境遇と重ねて共感を示す。それに対して三葉が。
「今年はツシマちゃん達と一緒だから楽しいよ! きっと今までで一番楽しくなると思う!」
と、嬉しい事を言ってくれる。一郎と双葉も同意して、自然と話題はお祭り当日へ移る。
「カラオケ大会は午後でしょう? 土曜日が16人で予選、13時からだよね」
三葉がツシマのスケジュールを確認する。
カラオケ大会の出場が決まっている彼女が皆んなとお祭りを回れる時間は少ない。
「そうなんだよ。準備もあるから俺とヨモギとキレートさんは11時には会場のナリタ寺に到着していないと」
「じゃあ午前中は無理だね。予選の予定は3時間だよね? 16時に終わって、それから夜の屋台を回ろう」
「うん、ごめんね」
「全然! それで決勝の日曜日は?」
三葉は決勝戦の予定も考える。予選が通るかも分からないのに、皆んなの中ではツシマの優勝は確定事項になっていた。
「決勝戦は15時から、2時間前に会場入りするから午前中は空いてるよ」
「うん、うん。花火は何処で見る? 私達は毎年行く穴場があるんだけどさ」
お祭りの締め。メインイベントの大花火を何処から見るか、とても重要な問題だ。
「それなら僕に任せてもらいたいです。毎年VIP席をもらえるから、今年は皆んなを招待します。お父さんの許可はもらってあるんだ」
タケルがドヤ顔で問題ないと言う。
場所はナリタン空港内だと言う。
ナリタン空港で使用可能な滑走路は1つだけ。他は老朽化によって使われなくなっており、空いた場所は一部お祭り会場として利用される。そして旧空港建物の見晴らしいの良い場所がミドルクラスの金持ちの接待用に開放されているのだ。
ちなみに本当の金持ち。マミヤ家クラスでは、自身の高級マンションに客を招いて接待政治をする。街規模のイベントは政治の場であり、VIP席を用意するのも政治。
「今年は凄い! 屋台を回って、ツシマちゃんを応援して、VIP席で花火を観るなんて、一生の想い出になるよ!」
三葉の言葉はその場の多くの気持ちを代弁していた。全員が、特別なお祭りになると信じて胸を高鳴らせていた。
◇◇◇◇◇
「ツシマちゃん、またね! 夜に電話するから!」
「うん、気をつけて帰ってね」
「ツシマちゃん、俺も電話する!」
「ずるいぞ兄貴!」
「……はは」
ツシマは手を振る三葉とナカムラ兄弟を見送る。
夕方まで遊び、それぞれの家路に着くために別れる。
日はまだ高いが、別の防壁都市から来ている3兄弟には武装野バスの時間がある。
少し歩いてタケル、アンズとも別れる。
「ツシマさん、今日は凄く楽しかったです。次は2人きりで来ましょう」
「はぁ、予定があえば」
「明日から狩りをお休みするんですよね。その間、会えますか?」
「ん? タケルさんはお仕事でしょう?」
「仕事終わりでも、なんでも、少しの時間でも会いたいです」
お子様なツシマでも、タケルの気持ちは伝わっていた。
人を好きになるという感情、好きな人と一緒にいたいと思う気持ち。男の時には分からなかった事が徐々に分かり始める。
けれど女として好意を寄せられるのはやはり戸惑う。
マミヤ家での華奈とのいざこざもあるし、素直にタケルの気持ちを受け取る事が出来ない。
「その、1人で出歩くのは禁止されていて、キレートさんも一緒になってしまいます」
「キレートさんが? 何故です?」
タケルがキレートに目を向ける。
彼女はニヤニヤして2人を見ている。
それは恋人にする態度ではなく、若い恋愛感情を外から見て楽しんでいる態度であった。明らかにツシマを恋人とは考えていない。
「こっちにも事情がありまして、少人数で出歩くのはよろしくないと言いますか、しばらくは2人きりは無理と言うか」
タケルはキレートを見て、ツシマを見て、勘違いを加速させた。
「僕は諦めませんから、ツシマさんを救ってみせます」
「救う? 何が?」
タケルは確信したのだ、キレートは悪い同性愛者でツシマを弄んでいるに違いないと。全くの間違いではないが、とにかくそう思い込んで、増々ツシマへの想いを強くした。
「では、また電話をしますから」
「はぁ、」
「行こう、アンズ」
「うん。シャクティちゃん、明日学校でね」
「アンズちゃん明日ね」
タケルは姿勢を正すとアンズと手を繋ぎ、男の背中で帰って行った。
「はぁ、俺達も帰ろう」
ヒラタ家も帰途についた。
◇◇◇◇◇
そうして家に辿り着くと、1台の黒塗り高級車が工房の前に止まっている。初めはお客の上級猟師かと誰もが考えた。猟師の中には大金を稼ぐ者も少なくないので、高級車がいてもいちいち驚きはしない。
きっとそうだろうと思い、ツシマが2階への階段を登ろうとした時だ。ガチャリと後部ドアが開いた。
「ん? え、あれ!」
「お帰りなさいませツシマお嬢様。シバタで御座います」
マミヤ家の老家政婦シバタが高級車から降りると深々と頭を下げる。
ツシマ以外の全員が「誰?」となった。
「お嬢様、昨日は大変ご不快な想いをさせてしまい申し訳ございません」
腰が折れそうなほど頭を下げる。まるでツシマが老人を虐めているかの様だ。
「やめてくれ! シバタさんは関係ないだろ、悪いのは勝手な事を言うお祖母さんだ!」
気持ちを抑えられずに声が大きくなってしまうのは仕方がない。それでもシバタは頭を下げ続けた。
「おいツシマ、このお婆さんは誰だよ?」
ライルが疑問に思うのは当然。
「お嬢様だって、姉ちゃん何したの?」
ヨモギにさえ昨日の詳しい話はしていない。
「シバタさん帰ってくれ、俺はマミヤ家とは関係がないし、心は男のままだから」
可愛いサマーカーディガンとスカート姿では、一切説得力のないセリフ。
「はい、ツシマお嬢様は確かに男の娘で御座います。申し訳ありません」
頑なに頭を下げて、帰ろうとしないシバタ。
そして高級車の中には運転手以外に別の気配を感じる。ツシマはその人物がとても気になっていた。
「謝るなら、代理じゃなくて本人がしたら。本当に悪いと思っているならね」
頭を下げるシバタのその先、高級車の後部座席に向けて言葉を放つ。ツシマは言ってやったと思った、これで帰るだろうと。しかし意外なことにシバタはわが意を得たりと顔を上げて笑顔になった。
「ありがとう存じます。お嬢様の深い慈愛の御心、このシバタ確かに承りました」
「なん?」
全て罠だった。ツシマからその言葉を引き出すための策略だった。その証拠に、シバタが高級車のドアを開けると洗練された老貴婦人、華奈が姿を現した。
「っ! お、お祖母様!」
高貴な雰囲気につい『お祖母様』と呼んでしまう。
ライル達も普段目にしない洗練された老婦人に腰が引けてしまう。
圧倒されるツシマの前に背筋を伸ばして向き合った華奈は、ほぼ身長が同じであった。同じ目線で見つめられて先ほどの勢いは何処へやら、文句を言いたいが言葉が出て来ない。
そんなツシマに華奈は静かに頭を下げた。
「や、やめて……」
「ツシマさん、昨日はごめんなさい」
素直に頭を下げるとは微塵も考えていなかった。
なにか嫌味を言われるのだろうと身構えていた。
それが……
「貴女の言う通り。突然呼び付けて、突然マミヤの娘だと言われても戸惑うでしょう。それは私の落ち度です、この通り謝罪致します」
そんな言葉は聞きたくなかった。
怒った勢いのまま、マミヤの家と縁を切りたかった。
ただの一般人の猟師として、家族や友人と楽しく行きていければそれで良い。そのはずなのに……
「確かに私達は今まで貴女に干渉して来ませんでした。ユリとイサムさんの葬儀にも顔を出しませんでした。けれどそれは誤解です、私の話を聞いて下さい」
顔を伏せたまま、孫のツシマに敬語を使う。
誤解を解くために話をしたいと言う。
「あの、お、私、その、お祖母様」
「はい」
「頭を上げて下さい。お話を聞きますから、もう頭を上げて下さい」
誠意ある態度にほだされてしまった。
「許してくれるのですか?」
「許すとか、分かりません。でも、訳があるなら聞きたいです」
華奈が頭を上げてツシマを見た。
見つめ合ったその表情は、子供の頃の記憶にある母ユリを思い出させた。
「では明日、時間を頂けますか?」
「明日ですか? でも私、今は事情があって1人では外に出られません」
華奈はシバタに目配せする。代わってシバタが話し出す。
「事情は秋津坊ちゃまより伺っております。明日は藤枝さんに護衛をお願い致しますので御心配なく。朝に車でお迎えに上がります」
藤枝は秋津の補佐である。ならば猟師組合からの護衛ということになる。それならばと、キレートに目を向けた。
「良いんじゃないかな。家族は大事だよ、行っておいで」
キレートの許可が出て、ヨモギやライルやシャクティを混乱させたまま、そう決まった。