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44話 忙しい日常と忍び寄る悪意①


 1週間の狩りを無事に終えた金曜日の夜。

 

 夕飯を食べ終わり、ツシマは部屋のベッドに寝転んでいた。

 部屋の中にはキレート、ヨモギ、ライル、シャクティ、みっちゃん、はっきり言って狭い。


 ツシマはナカムラ兄弟から貰った謎の球をいじる。

 床ではヨモギとシャクティがトランプのババ抜きをしている。それをチラリと覗くと、ババはシャクティの手にあった。彼女の金色の瞳が、あえてババをチラチラ見ている。


(なるほど、目線で誘導してババを引かせる作戦か。賢いぞシャクティちゃん)


 とは思っても、作戦はヨモギにバレバレ。役者が1枚も2枚も違うのだ。ババはいつまで経ってもシャクティの手の中。


 ツシマは球をニギニギしながらヨモギに声をかけた。


「ヨモギ〜、明日服買いに行くの付き合って」


 キレートはツシマの机の椅子に座り、眼鏡をかけて難しい本を読んでいる。彼女は本を読む時だけ、黒縁眼鏡をかける。ライルはベッドの端に腰掛けて、みっちゃんと戯れていた。


「良いけど、皆んなで行く?」

「そだね、ライルとシャクティちゃん、おけ?」

「おけ」「おけ」

「キレートさんの予定はどうです?」


 キレートが本を机に置いて眼鏡を外す。


「ごめんね、明日は猟師組合。その分、日曜日はサービスするよ?」

「了解です、期待してます♡」


 1週間、ツシマとキレートは密かにラブラブ。まだ更に先へは進んでいないが、濃厚な日々である。ツシマは完全にキレートと恋人関係のつもりだが、相手がどうかは確認していない。そもそも、どうしてキレートに惹かれるのかもよく分からない。


 キレートは並外れた美女だ。スタイルが良く、巨乳で優しい、キスのリードも完璧で、彼女(彼氏?)として申し分ない。


 けれどあの日、スナーバックル珈琲で初めて見た時の衝撃が、焦燥にも似た衝動が、何処から湧き上がったのか。今は少し不思議に思う。


「この玩具さ、めっさむかくつんだぜ。皆んなにも経験してもらいたい。ライル、魔石とって」


 唐突に話題を変える、球を見ていたらあの日の怒りが蘇ったからだ。誰かと怒りを共有したい。仰向けからゴロンとうつ伏せになって、魔石を要求する。魔石は机の引き出しの中。


「キレートさん、ちょっとすいません」

「どうぞ」


 ライルが立ち上がり、引き出しから魔石を取る。

 その際、引き出しに入った可愛いアクセサリーに混ざって、以前贈ったカブトムシのヘアアクセサリーが目に止まった。


(扱いが微妙だな、気に入らなかったか?)


「ほい、魔石」

「サンキュ」


 投げられた魔石をキャッチして、球の窪みに嵌める。


 ヴゥーン。『コンニチハ、ブス。ソシテヒサシブリ』


 ライルとヨモギとシャクティが「わぁ!」と驚く。


「な、この玩具、口が悪いんだよ」

「姉ちゃんなにこれ? どうしたの?」

「一郎さんと双葉さんに貰った。物流倉庫ダンジョンで見つけたんだって」


『コンニチハ人類さん、ソシテコンニチハ』


 シャクティが目を輝かせて興味津々。


「他には? なにか喋って?」

『コンニチハ、フロイライン、ソシテヨロシク』

「ふぁ! おま! なにそれ!!」


 フロイラインとは、ドイツ語でお嬢さんの意味。

 ツシマがブスで、シャクティがお嬢さん。

 正直、キレる。起き上がって、球を激しく上下に振った。


『ヤメロブス、ゴメンブス、ゴメンネブス、オイ、ブス、ブッコロスブス』


「もう許せん、魔石を抜く」


 皆んなに見せるため、魔石を入れた事を後悔する。やはりこいつはバチクソムカつく欠陥玩具であった。

 魔石を抜こうとしたその時、キレートが待ったをかける。


「ツシマ君、それはもしかして、大昔の魔導AIじゃないかな?」

「魔導AIです?」

「見せてくれる?」


 キレートに球を渡す。それを興味深げにこねくり回し、観察して、キレートは「なるほど」と呟いた。


『コンニチハ、ニセキョニュウ、ソシテサヨウナラ』


「……確かに、これはムカつくな」


 キレートのこめかみに青筋が浮かんだ気がした。


「魔導AIって、なんですか?」


 ツシマの質問は全員の疑問でもある。キレートは怒りを抑えながら説明を始めた。


 戦闘用魔導機械は基本、1人で操縦する。

 けれど秒で判断を求められる実戦において、複雑な動きをする魔導機械を人間1人で操縦するのは限界がある。そもそも戦車など、遥か昔は複数人で操っていたのだから、それを1人でこなすには何らかの補助が必要だ。


「百年以上昔、操縦をサポートするAIの開発が盛んに始まって、今では全ての戦闘用魔導機械に標準装備されている」


 ここでライルが素朴な疑問。


「そもそも、AIってなんすか?」


 キレートは「はぁ〜」と溜め息を付いて眉間を揉んだ。


「ライル君、魔工技師見習いがそれでは勉強不足だよ」

「なんか、すんません」


 AIとは人工知能、つまり人の作った無機質の脳味噌だ。

 経験から学習して成長する、操縦者を補助して戦闘用魔導機械を1人で運用出来る様にする。


「AIは失われた旧文明の時からあったらしい。昔と今で構造は違うだろうけど、求められる役割は同じだね」

「バチクソムカつくそいつが魔導AIですか?」


 ツシマが怒りを込めてキレートの手に収まる球を指さす。


「たぶんね。現在のAIはコミュニュケーション機能を排除されて戦闘補助のみを行うけど、大昔の黎明期には機械の擬人化が普通の文化だったと本で読んだ」


 機械が美少女になってご主人様にご奉仕したり、司令官と恋に落ちたり、あれやこれやムフフな事を仕放題。


『ハナセ、ニセキョニュウ、ブスニ、モドセ』

「おい! ブス言うなし!」


 キレートは「はい」とツシマに球を戻した。


「そのバチクソは、経験が足りなのかもしれない。起動状態で常に持っていればマシになるかもよ?」


 ツシマは「そうですか」と球を眺め、しばらく我慢することに決めた。


 ◇◇◇◇◇


 次の日は皆んなでお買い物。

 ツシマは女体化以降、以前の自分のセンスがダサく感じて許せない。早急に新しく可愛い服を揃えたい、部屋もダサくて嫌、もっと可愛く飾りたい。ベッドシーツもクッションも可愛いキャクター物が目に付く、アレも欲しいコレも欲しい。


「ヨモギ、シャクティちゃん、これはどうかな?」


 商店街の服屋でツシマが手に取ったのは、オレンジ色の半袖パーカー。フードが猫耳になっていて、左胸に猫のシルエットとkitten(子猫)のアルファベット。


「良いんじゃない、このスカートと合わせるともっと良いかも」

「ツシマさん、ハイソックスにしますか? ストッキングにしますか?」

「え〜、どっちが良いかな? 教えて」


 女性の部分と男の部分が混ざったツシマは、ある種の男には理想形であった。ライルは顔だけ澄まして、心の中はデレデレである。


「ライル! このワンピースはどう?」


 白いワンピースを体に当てながら、くるりと回る。


「……バチクソ良い。ツシマは全部良い」


 やや、放心気味に答える。


「漠然として気の抜けた答え、つまんない」


 女の子を褒める時は具体例を挙げて下さい。


「ご、ごめん。いや、そのワンピース、ツシマの黒髪と白い肌に良く合ってる」

「そう? こっちの薄ピンクのワンピースも気になるな。どっちが良いかな?」


 大抵の場合、最初に出した方を本人は気に入っている。けれど次点も捨てがたいので、背中を押して欲しいのだ。


「薄ピンクも良いけど、僅差で白かな。ツシマには白が似合うよ」

「そう? じゃ、両方買う」


 男の部分もしっかり残っているのだ。


 買い物が一段落すると、ツシマの奢りでお昼ご飯。付き合ってくれた皆んなにお礼をしないと申し訳ないのだ。

 鎧猪の豚カツが美味しいお店があるので今日はそこにする。

 席数が比較的に多い店内は、お昼時もあって大盛況。少しの待ち時間の間に誰かのお腹が「ぐ〜」と鳴る、女子の視線がライルに集まった。


「お、俺じゃな、……いや、俺です。お腹空いたな」


 空気を読んで泥を被るのが良い男。

 席に通されて、カツ丼か豚カツ定食かで悩む。

 どちらも揚げたカツだが、つゆで煮たか、ソースをかけるか、全然違って来るのだ。


「ツシマ、ソースカツ丼にしたらどうだ?」


 ライルが提案する。


「なるほど、悪くはない。だが、断る」


 ツシマはロースカツ定食にした。


 食事の後、ゲーセンで遊んで家へ帰ると、キッチンにエプロン姿のキレートが立っている。そしてカレーのいい匂いがした。ヨモギは鍋をかき混ぜるキレートを横からのぞき込み、「うむうむ」と唸る。


「キレートさんは料理も出来るんですね、なんかもう、完璧美女?」

「ふふ、ありがとうヨモギちゃん。これは僕の家の味付けだから、皆んなの口に合えば良いけど」


 謙遜しながら丁寧に鍋を混ぜる。そこから立ち込める薫りは、食べるまでもなく美味だと分かる。全員のお腹が「ぐ〜」と鳴った。


「今度は俺だけじゃないぞ、皆んなもだぞ!」

「そだな、キレートさん、お腹が空きました」

「はい、はい。ツシマ君は素直でよろしい」


 ユージもやって来て、今夜はカレーライスキレートスペシャル。


 ヨモギとシャクティも手伝って、手早く用意を済ませると、全員揃っての「いただきます!」


「美味いっす! キレートさん、最高です!」

「ありがとうライル君」

「キレートさん、美味しいです!」

「シャクティちゃん、辛くない?」

「おっぱいがデカいと料理も上手いのか。キナ子は確かに貧乳だが、」

「お父さん、お母さんが帰って来たら言い付けるから」

「ヨモギ! それだけは止めてくれ!!」


 そんな食卓を、キレートは優しい笑顔で見守っていた。


「賑やかなのって良いよね。このカレーは僕のお母さんから教わったんだ。妹も大好きでさ、喜んでもらえると嬉しい」

「妹さんですか?」


 ツシマがカレーを頬張りながら問う。

 そう言えば、恋人なのにキレートのプライベートをほとんど知らないな、と思う。


「ブルーって名前で、ツシマ君より少しだけ歳上かな? ほんの数カ月だけね」

「ブルーさんですか」

「僕と同じ青い髪で、とっても可愛いんだ」


 キレートは右手のスプーンでカレーライスを弄りながら、左手で頬杖をつき、目を伏せながら話す。


「妹さんは今カンサイですか?」


 わずかな間。キレートがスプーンでお皿をチンチンと鳴らす。


「何処かな? ずっと探してる」

「それって?」

「それよりツシマ君」

「はい?」

「カラオケ大会の書類選考通ったから、これからが本番だよ」

「……はい」


 それは、ツシマの情報がサキッチョ・ダケーヌに渡った事を意味する。ロリコンど変態極悪誘拐魔、ダークハンターズの幹部に目を付けられると言う事だ。


 ツシマの背中に、ゾクリと冷たい汗が流れた。


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