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18話 あいどんとすぴーくいんぐりっしゅべりーうぃる


 あるの日の夕方。

 ライルは狩りを終え、猟師組合で1日の戦果を換金していた。

 そこに忍び寄る若い3人組の男達。


「ライル、ちょっと面貸せよ」


 リーダー格の男は、角刈りで屈強な体。歳はライルとあまり変わらないだろうが、怒りに満ちた表情が不穏な雰囲気を醸し出していた。


「わかった、外へ出よう」


 ライルは素直に応じる。猟師組合の受付嬢が不安気にしているが、介入はしない。何故なら状況が不明であるし、少々の小競り合いで組合が介入していては、荒事を生業にする猟師の相手などし切れないからだ。


 ライルは3人組に囲まれて出て行った。

 周囲はそれを冷たい目で見送っていた。


「お前、最近ツシマと親しげだな。どういうつもりだ」


 人気のない裏路地で、角刈りの青年はライルの胸倉を掴み、噛み付く。どうやらトラブルの原因はツシマの存在らしい。


「どうもこうも、俺達は友達。それだけだ」

「てめぇ!」

「うぐっ!」


 ライルの鳩尾に角刈りの拳がめり込む。

 肺の空気が押し出され、苦痛と苦しさで地面に膝をついてしまう。


「ツシマは俺の物だ! 俺の物にする!」

「くっ! ツシマは物じゃない、誰と付き合うかはツシマの意思だ!」

「生意気言うな、泥棒猫が!」

「あぐっ! うがっ!」


 ライルの顔に拳が、そして膝蹴りが叩き込まれた。

 口から血を吐き、倒れ込む。


「俺が! 俺がずっと前から好きだった! お前は! 後から現れて! 糞! 糞!」

「あっ! ぐっ! がはぁ!」


 倒れたライルに容赦のない暴力が続く。

 あまりにも理不尽なそれにライルはひたすら耐えた。

 ここで反撃すれば、暴力を好まないツシマは悲しむだろう。

 例え理由のある事でも、きっと自分を軽蔑するだろう。

 ツシマに嫌われたくない、友情を守りたい、そのためならこの位の暴力など、何でもない。ライルはツシマの笑顔を思い浮かべ、それを心の支えに耐え抜いた。


「はぁ、はぁ、はぁ、いいか、これに懲りたらツシマに近付くな、わかったな」


 3人組は散々ライルを痛めつけた後、悪態をついて去って行く。辺りが静けさを取り戻すと、ライルは魔法回復薬を飲もうとしたが、出来なかった。


「くぅぅっ! 腕の骨が折れてる……」


 腕だけではない、肋骨も何本か折れ、口の中はボロボロ、痛ましい状態だ。


「へっ! 暴力筋肉馬鹿をツシマが相手するわけないだろう。カッコ悪い。うぐっ!」


 ライルはなんとか上半身を起こして、どうしたものかと苦悶の表情を浮かべる。その時。


「ライル! ライル! ライル!」

「ツシマ!」


 ツシマが切羽詰まった顔で裏路地に現れた。

 猟師組合で受付嬢からライルの話を聞き、探し回っていたのだ。


「ライル! 酷い、どうしてこんな」


 ツシマはライルの頭を優しく包んで胸に抱き、涙を流した。


「お、俺は大丈夫だ。それより、ツシマが血で汚れちまう」

「何いってんだよ馬鹿! ライル! ライル! ごめん、俺のせいで、ごめん」


 ツシマは何も悪くない、なのに謝罪の言葉を連呼する。

 ライルは体の苦痛より、心の方が痛かった。大事な大事な親友を悲しませる、その方が耐えられない。


「くそ、あの筋肉ダルマめ…… 痛ぇ!」

「あ! ごめん、回復薬、回復薬は!」

「あぁ、腕の骨が折れちゃって、それに口の中が切れててな、たはは……」

「まってて、今、飲ませてあげる」


 ツシマは魔法回復薬のアンプルを開けると自らの口に含んだ。それから両手でライルの頰を固定して、そして。


「お、おい、ツシマ、んっ!」

「ん、ん、ん、ふぅ、んぅん」

「あ、お、ん、ん、ごくん、ぷぁっ!」


 口移しである。

 自力で薬の飲めないライルの為に、ツシマが口移しで飲ませたのだ。

 口を離す時、テロンと糸を引く。

 しっかり飲ませる為に、舌を入れる必要があったので仕方がない。ツシマはグイッ! と手で口を拭う。それからライルの顔と唇の周りに着いた血を舐めて綺麗にした。


 やがて、ライルの体が見る見る間に治っていく。


「あ、ありがとうツシマ」

「ライル、ライル、ライル、……好き」


 薄暗い路地裏で、2人はしばらくの間、抱き合ってお互いを慰め合ったのだ。


 ◇◇◇◇◇


「ふぉ〜〜!! 捗る! 捗る! 捗る〜〜〜!!!」


 ヨモギは自室の机に齧りつき、原稿用紙にGペンを走られていた。カリカリカリと驚異的な速さで、ライル攻めツシマ受けの漫画が描き上がっていく。元々服装デザイナーを目指していた彼女には絵の才能があるのだ。


「どういう事! どういう事なの! 神が、神が降りてくる! 止まらない、手が止まらない〜!」


 数日前、ツシマがライルを家に連れて来た。

 金髪長身のイケメンだ。

 しかも何やら距離感が近い。

 ツシマは友達だと言うが、イチャイチャ具合がヨモギ的にギルティ〜。「清い関係です」なんて、絶対に信じられない。(腐女子的に)


 幼い日、両親を亡くしたツシマは本人も意識しないまま、周囲から友達を遠ざける様になった。極親しい家族とだけ関係を持ち、それ以外は1人でいるのを好んだ。そんなボッチが、絶世の美少年が、金髪イケメンを突然家に連れて来るなんて、美味しすぎる展開。


 絶対に、何かがなくてはならない。

 むしろあって欲しい、あって下さい。

 ヨモギは1人妄想を膨らませ、自分に新しく目覚めた才能を、薄いBL漫画としてこの世に産み落とした。


「ヨモギいる〜! ただいま〜」


 ツシマの声が玄関から聞こえる。ヨモギは「はっ!」と我に返った。いつも通り狩りへ行ったツシマが帰って来たと言うことは、今は夕方。夕飯の準備も忘れ、神聖な創作活動にのめり込んでいたようだ。


「兄ちゃんおかえり!」


 ヨモギは原稿を片付けると、急いで夕飯の支度を始めた。


「夕飯が遅いなんて珍しいな。ヨモギ、具合悪いの?」


 と、ツシマが心配する。


「そういえば、最近『ぼ〜』としてるな。悩みでもあるのか」


 と、ビールを呑みながら父ユージ。


 ヨモギはお味噌汁をよそりながら、「そんな事はないよ!」と言うのだが、ライルと出会ってから数日間は確かに様子がおかしい。ツシマは挙動不審なヨモギにピーン! と閃くものがあった。


「ははぁ〜ん、さてはヨモギ、惚れたな?」

「はぁ! 惚れたって、なにが!」

「ライルにだよ。あの日以来、毎日ライルの分の愛情弁当も作ってるじゃないか。あいつ、『美味い、美味い』って感謝してるぞ」


 出会った日の会話の中で、ライルがお昼を適当に済ませていると知ったヨモギ。次の日から彼女は2人分の愛情弁当を作ってツシマに持たせていた。


 毎日綺麗に完食して返却されるお弁当箱にほくそ笑むヨモギは、周りの想像とは違う斜め上の妄想を膨らませているのだが、そんな事は知りようもない。普通に考えれば、年頃の少女がイケメンに一目惚れした可能性を疑うのが道理だろう。


「ち、違うよ! 確かにライルさんはカッコいいけど、違う!」


 全力で否定するヨモギの態度に、男2人のニマニマが加速する。


「そういう事にしといてやる。明日はシャクティちゃんも入れて4人でカラオケだからな、頑張れ!」

「父さん複雑な気分だが、小遣いやろうか?」

「違うから、やめて、やめて〜!」


 確かに違う、違うのだ。


「そうだ! 聞いてくれよ! 俺もうすぐDランク猟師に昇格出来るんだ!」


 ツシマが唐突に話題を変えた。どうやら昇格条件であるDランクの魔物100体の納品が間近と言う話。


「おい、おい、ずいぶん早いな。平均よりひと月は早くないか?」

「アイテムBOXのおかげだよ! 一度に持ち帰れる量が多いからね!」

「確かにそうだろうが、あまり浮かれると足下をすくわれるぞ。『好事魔多し』と言うしな、少しペースを落としたらどうだ?」

「大丈夫! それよりライルも昇格まで後半分だって! あいつも頑張ってるからね!」

「兄ちゃん、詳しく! ライルさんはどんな感じなの!?」


 ヨモギがライルの話題に食いつく。

 ツシマは「分かってますよ」感を全開にして今日の出来事を語る。


「ライルの奴、いくら言っても回復薬や解毒薬を1個ずつしか持ってこないんだ。今日もソノヒバカリに2回噛まれてさ、2回目の時は俺が助けてやった」

「助けた! どうやったの!」

「ん? それは……」


 ◇◇◇◇◇


「ぐぁ! 噛まれた!」

「ライル!」


 ライルは魔物との戦闘中に弱毒を持ったEランクの魔物ソノヒバカリにももの内側を噛まれてしまう。魔物はなんとか倒しきったが毒が体に周り、苦痛で倒れ込んでしまった。


「ライルしっかり! 今、解毒薬を!」


 ツシマがライルを抱き起こし、自分の解毒薬を出そうとしたが、ない。


「あ! そう言えば、最後の1個はさっき……」


 その日は毒を持った魔物の出現が多く、いつの間にか使い切ってしまっていた。ツシマの顔に焦りが浮かぶ。


「う、うがぁ!」

「ライルの解毒薬は!?」

「俺も使い切った、くっ!」

「そ、そんな。どうしよう……」


 苦しむライル、途方に暮れるツシマ。傷口は内腿うちももの付け根である。


「と、とにかく毒を吸い出さないと。ライル、ズボンを脱がすよ」

「なんだって、ツシマ、それは」

「大丈夫、任せて」


 ツシマはライルのズボンを勢い良く脱がした。

 真っ赤なボクサーパンツが露わにされる。


「今、毒を吸い出すからじっとしてて……」

「ッ、ツシマ……」

「んっ、」


 怖ず怖ずと、内腿の傷口に唇をつけ、遠慮がちに血を吸い出す。


「うぁ! くぅ! はぁ、はぁ、」

「ん、ん、ん、ごめんねライル、もう少し我慢してね」

「ツシマ、そんな事されたら、うぁ!」

「チュ、チュ、チュ」

「うぁ! うぁ! うぁ! 駄目だ! それ以上は!」

「えっ! ラ、ライル! なにこれ、なんで立ってるんだよ! 顔に当たってるんですけど!」

「そ、それは、仕方ないだろ! 生理現象だ! ツシマのせいだぞ!」

「お、俺のせい!? そんな、こんな大きいの、どうすんだよ? 邪魔だよ!」

「な、何とかしてくれよ。ツシマのせいなんだから、最後まで治療してくれ、いったん毒を吸い出せば萎むから」

「それは、その、どうすればいいの?」

「いいか、まずはここを……」

「……うん」


 ◇◇◇◇◇


「〜〜い」

「お〜〜」

「お〜〜〜い! ヨモギ!」

「はぁっ!!」

「どうしたんだよ、急に『ぼ〜』として」

「に、兄ちゃん!!」


 ヨモギは妄想の世界に旅立っていたのだが、それを気取られるわけにはいかない。


「大丈夫、大丈夫! 明日のカラオケ楽しみだね!」

「はぁ? 変なヨモギ?」


 その後、ヨモギは急いで食事を済ませ、急いで後片付けを終えると部屋に引きこもった。その夜、遅くまで彼女の部屋からカリカリカリと謎の音が響いていた。


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