プロローグ② 零戦のマサシ
ギラギラと輝く太陽が、頂点より少し西に傾いた頃、真っ青な空を1機の零戦が舞っていた。それは緑と青の2色でカラーリングされ、日の丸のあるべき位置に、赤い犬っぽいシルエットが描かれている。
眼下に広がる地平線までの深い森の上を、まるで大空の主の様に飛び回り、やがて森の中にポッカリと開けた巨大な空間へと着陸態勢に入った。機体から車輪を出して高度を下げる。目指す先は長大な壁に囲まれた街と、その中にある飛行場の滑走路である。
地上の滑走路では、誘導員が手旗と光信号で零戦を誘う。それに従い機体を操作するパイロット。管制塔はあるのだが、それが機能を失って久しい。大抵の事は人力で行われ、離発着誘導はベテランの知識と経験たより。
やがて零戦の車輪が「キュキュ!」と音を立てて滑走路へ接触した。機体が一瞬バウンドして、それから再び地面へ、そして徐々に減速。やがて誘導員の指示通り、所定の位置で完全に動きを止めた。
数人の、お揃いの作業着を着た男達が零戦へ走り寄り取り囲む。次には機体のキャノピーが開き、コックピットから「ガハハ!」と品ない笑い声が響くと、中から現れたのは防寒着とゴーグルを着けた髭面のおっさん。作業員の1人がコックピットにタラップを寄せ、おっさんへ声を掛けた。
「マサシさん、無事のご帰還お疲れ様です! あっす!」
マサシと呼ばれた髭のおっさんは「おう!」と応えてゴーグルを外すと、タラップをドスドスと降りる。体は胴長短足の中年太り、空での優雅さとはまるで違う醜さである。
「小翼竜の群れは粗方始末したぞ! 場所を教えるから回収班を頼むわ、ガハハ!!」
「あざっす! 流石は零戦のマサシさん! ナリタンの街のエース猟師っす!」
「おうよ! 魔石と弾薬の補充を頼むぞ! 料金はいつも通り、報酬から引いてくれ!」
「了解っす! あざっす!」
零戦のマサシ。飛行魔導機械レシプロンの零戦を愛機として、空を支配するAランク猟師である。
零戦は機械技術と魔法の融合で作られたBランクの戦闘用レシプロンであり、魔石満タン時の航続距離は最大3000キロメートル。最高速度は時速500キロを超え、武装は翼に内蔵された20ミリ機関銃2門と機首の7.7ミリ機関銃が2門。
また、魔法的な力で動く戦闘用魔導機械全てがそうであるのだが、本機には防御力と耐久力が存在する。これは魔石エネルギーが有る限り力を発揮する魔法的防御力であり、零戦の数値は以下の通り。
Bランクレシプロン零戦。防御力40。耐久力2000。
防御力は、あらゆる攻撃に対してダメージ軽減効果を発揮する。
耐久力は、あらゆる攻撃に対してその数値がゼロになるまで機体ダメージを肩代わりする。
人型魔導機械、機動鎧殻歩兵。
飛行魔導機械、レシプロン。
車両型魔導機械、戦車。
全てに存在する数値である。
マサシは愛機を作業員に任せると、ガニ股で歩きながら飛行場を後にして街へと向かった。行きつけの小料理屋へ繰り出すのだ。仕事終わりの1杯、それは良く働き良く稼ぐ、そんな大人に許された癒しの時間。
マサシのお気に入りは、三十路の未亡人が切り盛りする小料理屋〈小夏〉の家庭料理。それを焼酎のお湯割りスライム細胞入りで飲むのがたまらない。今日も良く稼いだと、心が踊る。
しかしどれほど通い詰めようとも、マサシが女将の小夏から男として相手にされる事はないのだ。哀しいかな、小夏は面食いであり、マサシは不細工で、不潔。
凄腕猟師で稼ぎ頭。街の英雄なのに、残念。
男は見た目じゃない、中身だ! 頑張れマサシ! 負けるなマサシ! きっと明日は良いことあるさ、素人童貞45歳!
◇◇◇◇◇
世界の片隅に、ナリタンという名の都市がある。
人口は30万人程だが、食料自給と魔物防衛を自力で行える力を持つ。機動鎧殻歩兵、レシプロン、戦車を多数保有して、魔物討伐専門組織、猟師組合の支部もある。今の世にあっては、大都市の部類に入る街だ。
遥か昔は重要なハブ空港として使われていた場所であり、多くの飛行機が飛び交って世界と繋がる空の玄関口であったが、今は周囲を魔物が闊歩する深い森に囲まれて、かつての栄華は見る影もない。
そんな場所を中心にして、10キロ四方に防壁を作り、人々はその内側で安寧な生活を享受していた。
物語はここから始まる。
ナリタンの街で、一流猟師に成ることを目指す少年が、戦車を手に入れて仲間と共に魔物を狩る冒険の記録。
人と鉄と魔法と魔物とクワカブの物語。