齟齬
三題噺もどき―ごひゃくろくじゅうろく。
階段を上る足音がする。
戸を勝手に開けられると身構えたが、あの人ではないようだ。
よく聞けばカチャカチャと音がするし、重いので父だろう。
―もうそんな時間なのか。
「……」
空はきっと橙に染まっているのだろう。
今日は晴れていたはずだから、この時間もきっと美しい空が広がっている。
はずだ。
「……」
この目で見えるわけではないので、確信は何もない。
なんとなく。そうだろうなぁと言う勘だけ。
父がいつも帰ってくる時間はほとんど決まっているから、きっとそうなんだろなという経験からの想像。
「……」
今、視界に見えるのは。
何も見えない、暗闇だけで。
外の気配がかろうじてわかるくらい。
「……」
いつからここにこうしていたのかも忘れてしまった。
……なんでこうなっているかは分かっているけれど。
「……」
時間を確認でもして見ようかと思ったが、スマホをいじる気にもなれなかったので、ベッドのどこかに放り出してしまった。
机の上かもしれないけど、何も気にすることはないし問題はない。
時間なんて気にしなくても、気にしていても、何も変わらない。
「……」
自室のベッドの上。
電気は点けてない。
そんな気にもなれなかった。
「……」
最近変えたばかりの、冬用の毛布を頭からかぶって。
何もかもを遮断するように、視界を遮って。
あの人の視線から、声から、逃げるように。
「……」
どうして、こうも、上手くいかないんだろうな。
こんなに長く一緒に居るはずなのに、あの人は私を分かってくれない。
話を聞こうと言う姿勢になってくれない。
「……」
そもそも、そう思うことがおかしいのだろうか。
私から寄らないといけないのだろうか。あの人を変える事なんて、出来ないのだから、こちらが変わらないといけないんだろうか。
「……」
親という立場にある癖に、どうして。
子という立場にある私のことを、何も知らないんだろう。
「……」
どうして、この年になって、そんな事気づかないといけないんだ。
……いや、気づいてはいたけど、見て見ぬ振りをしていただけなんだろうけど。
仕事を辞めて、自分という人間がどんなものなのかなんてものが見えてきて実感してきて、時間だけは余っている状態で、考えることは沢山あって。
その中で、家族―両親と自分の中の自分の齟齬があることに気づいて。
「……」
いやもう、何を言っているんだか自分でも分からなくなってきた。
これじゃ、ただ思うようにいかないから、駄々をこねている子供じゃないか。
こちらの言い分を聞いてくれない母に対して、どうして聞いてくれないのと駄々をこねているだけだ。
「……」
……それの何が悪い。
今まで何も聞かなかったくせに。私の考えなんて、思いなんて、一笑ばかりしてきたくせに。今になって、あなたはどうなのなんて言われて、応えられるわけがないだろう。言葉が詰まる私に対して、そんなに追い詰めなくたっていいだろう。何が楽しんだ。それ。
「……」
あぁもう訳が分からない。
頭が痛くなってきた。
視界が滲んできた。
喉が絞まってきた。
「……」
こうしたいと言う思いはあっても、言ったところで結果どうなるかと分かっているから何も言えないでいるのに、被さるようにかき消すように母の言葉が襲い掛かる。何も言わないんじゃ分からない。そんなことは分かっている。言葉を出そうとした矢先にそんなことを言わないで欲しい。何がしたいの。私も分からない、分からなくなってきた。そうやってすぐ追い詰めてくるから。
「……」
痛みが広がる。
涙があふれる。
息が苦しくなる。
「……」
どうしてこんな思いしないといけないんだろう。
あの人はどうして私なんかを。
お題:暗闇・涙・空