⑦
カーディナルと一緒に朝食を食べているとインターホンが鳴った。画面を見たカーディナルが「ゲッ」と顔を顰めて、しおんの朝食を台所に持っていく。そして、しおんをグイグイと押して、リビングにあるクローゼットの中に隠した。それと同時に、勝手に玄関の鍵が開く。
ズカズカと大股でリビングに来たのは、黒髪に眼鏡を掛けた男。何かの店を経営しているのか、『グリーンマート』と書かれたエプロンをしている。遠慮なく家の中に入ってきた男は、食パンをもぐもぐ食べているカーディナルの顎を持ち、クイッと上げた。
「おい、カーディナル。変な男を連れ込んでるってのは本当か?」
「リーフグリーンさん、何言ってんのさ。俺はずっと一人暮らしだよ?」
「ほおー。あくまでもしらを切るつもりか」
「だって本当に一人だもん」
また、同棲の権利を剥奪されないよう、しおんを庇ってくれているのだろう。ニヤリと口の端を吊り上げたリーフグリーンに、カーディナルは食パンに苺ジャムを追加しながら嘘を吐く。柄の悪い男に何かされないかハラハラしながら、クローゼットの隙間から様子見していると、リーフグリーンがカーディナルの頭にポンっと手を置いて少し乱雑に撫で回した。急に頭を撫でられたカーディナルがキョトンとしてリーフグリーンを見上げる。刹那、リーフグリーンが悪戯気味に双眸を眇めて耳元で囁いた。
「お前の家に転がり込んでいる不届者の居場所を教えてくれたら昼飯は俺が作ってやる」
「じゃあ、俺の家には誰も居ないから、その不届者? のことを教えなくても、リーフさんにご飯を作ってもらえるってこと?」
「ここにいるのは分かってんだ。いい加減にすっとぼけてねぇで教えろー!」
「にゃあああっ!?」
リーフグリーンの料理とやらはよほど美味しいらしく、赤い瞳に期待を込めてキラキラ輝かせるカーディナル。ぱあっと顔を明るくしつつも嘘を貫き通すカーディナルに焦れたのか、リーフグリーンが両手で毛先を赤く染めた茶髪をぐしゃぐしゃにする。乱暴に撫でられて猫みたいな鳴き声を溢したカーディナルが、不満そうに唇を尖らせながら「ボサボサだぁ」と手で整え始めた。
「お前がなんで不届者を庇ってるのかは分からねぇが、このまま押し問答しても無意味なのはよく分かった。爆弾発掘ゲームで勝負だ」
「なら、俺が勝ったら、リーフさんのご飯食べさせてね!」
「ああ、いくらでも食わしてやる。その代わり、俺が勝ったら不届者について全て教えろ」
ワクワクした面持ちで条件を提示するカーディナルの頭を優しく撫で、リーフグリーンが慈しみを帯びた双眸を微笑ましそうに細めて肯定する。リーフグリーンの料理のことで頭がいっぱいなのか、元気いっぱい「うん!」と肯いたことにより、同棲相手の存在を認めてしまったことに、カーディナルは気づいていない。
一緒に暮らしてきて分かったことなのだが、カーディナルはこういった天然な部分を持っている。やらかしたことに気づいて照れる姿はとても可愛い。その感情は共通なようで、気付いていないカーディナルの愛らしさに、顔を片手で覆い隠して小さく震えているリーフグリーン。萌え悶えているのだろう。
「リーフさん、早く外に行こう!」
ダイニングテーブルに置いていた黒の猫耳ニット帽を被ったカーディナルが、椅子にかけている軽いローブを纏ってリーフグリーンの腕をグイグイ引っ張った。されるがままカーディナルに掴まれた腕を引っ張られているリーフグリーンは、微笑ましそうに顔を綻ばせている。やっぱり緑色の瞳に愛情の色が滲んでおり、カーディナルに過保護なアイボリーと同類の人だと一目瞭然だった。
庭に出た二人を見る為、しおんはクローゼットから顔だけ出す。開けっ放しになった扉に身を潜めつつ、カボチャを取り出して軸を押した二人に視線を向けた。カーディナルとリーフグリーンの頭上に超小型車ほどのカボチャが浮かぶ。最早、見慣れた光景だ。朝の日差しと柔らかな風を浴びようと、窓を開けて朝食を食べていたのが幸いし、カーディナルの「リーフさん、いっくよー! じゃんっけん、ぽんっ!」という元気な掛け声もバッチリと聞き取れる。
「ああっ、負けた!」
「いくぜ、カーディナル。『リーフティフォーネ』!」
ジャンケンの結果はグーを出したリーフグリーンの勝利だった。チョキの形を作っている自分の手を見つめるカーディナルのカボチャに向けて、リーフグリーンが魔法を放つ。
カボチャの下から木の葉の渦が巻き起こり、攻撃対象の姿をすっぽりと覆い隠した。あの中に閉じ込められた暁には、舞う木の葉によりさぞかし大量の切り傷をつけられることだろう。
「絶対にリーフさんの美味しい料理を手に入れる!」
「別に勝負に勝たなくても作ってやるけどな」
「うえっ!?」
「じゃーんけーん、ぽんっ」
二百減らされた自分のカボチャからリーフグリーンに視線を戻したカーディナルは、さらりと告げられた衝撃の事実に目を丸くして驚いている間、じゃんけんを決行されて慌ててグーの手を出して負けていた。「精神攻撃だ!」と異議を唱えるカーディナルだが、負けは負け。もう一発『リーフティフォーネ』が、カーディナルのカボチャのゲージを削り取っていく。
自分の料理をそんなに望んでくれていて嬉しいと、顔にありありと書かれているリーフグリーンが頰を緩めていると、拗ね気味のカーディナルにビシッと人差し指を突きつけられた。「俺も精神攻撃するからちょっと待ってて!」と、試合中にあるまじき行動を取ってから、カーディナルは腕を組んで何をするか考え始める。カーディナルに激甘らしいリーフグリーンは呆れた顔をしつつも、文句一つ言わず待っていた。
精神攻撃って不意打ちじゃないとあまり効果がないのでは? という言葉を飲み込み、しおんはカーディナルの精神攻撃を待つ。と、カーディナルが顔を上げて悪戯っぽく双眸を眇めたかと思えば、ふにゃりと花が咲き綻ぶような無邪気な笑みを浮かべた。
「リーフさん、大好き!」
「……ッ、ぐっ」
本心からの言葉だと伝わる愛の告白に、妙な呻き声を上げて膝を突くリーフグリーン。爆弾を仕掛けられると分かっていたところで、直撃は免れないらしい。恐らく突如襲ってきた痛みと締め付けによるものだろう。動けなくなっているリーフグリーンに、カーディナルが「じゃんっけん、ぽんっ!」と手を出した。
「あっ」
「よっしゃあ!」
結果はチョキを出したカーディナルの勝ち。どうやら上手い具合に精神攻撃が決まったようだ。ご満悦な様子で喜んだカーディナルは、弾んだ声で「いけぇ、『フレイムキャット』!」と、相変わらず可愛らしい魔法を唱える。炎で出来た夥しい数の猫達が、リーフグリーンの頭上にあるカボチャを攻撃した。