⑥
「カーディナルの引き締まった細い腰がそそられる! 『ダークネスシャワー』」
「もうやめろ、ばかぁ!」
「涙目のナルちゃん、可愛い」
律儀にアイボリーからの条件を守って好きなところを叫ぶしおんに、カーディナルが赤色の瞳を潤ませて頬を膨らませて訴えかけてきた。そんなカーディナルの羞恥による涙目を激写するアイボリー。それにより、更に拗ねたカーディナルがテーブルの下に隠れてしまった。
人間を警戒する野良の子猫を呼ぶみたいに、アイボリーが「ナルちゃん、ごめんやでー。ほら、出ておいでー」と、テーブルの下に呼びかけている。カーディナルの姿を視界の端でも捉えていたいしおんも、アイボリーに倣ってテーブルの下を覗き込んだ。
「カーディナル、俺の成長した姿、しっかり見ててくれよ」
「そうやで。今、見とかんと、ここから俺の逆転が始まるで」
「カーディナルが見ててくれたら勝てる気がするから出てきてくれよ」
互いに自信満々に勝利を宣言するしおんとアイボリーの努力により、渋々とテーブルの下から出てくるカーディナル。「次、好きなところを叫んだら、家に帰るからな」と釘を刺すのも忘れず、椅子に腰を下ろしてお菓子をちまちまと食べ始める。やはりカーディナルを視界に映すだけで、一気に景色が華やかになった。もうカーディナルなしでは生きていけない気がする。
「さて。それじゃあ、ゲームを再開しよか」
カボチャのゲージを五百まで減らされているのに、未だに余裕の色を保ったままのアイボリーが不敵に微笑んだ。このゲームは運要素が強い。ここから一気に巻き返される可能性も十分にあり得る。しおんは緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込んで肯いた。
アイボリーの「じゃんっけん、ぽんっ!」という掛け声でグーを出す。対するアイボリーの手はチョキ。まだ神様に見捨てられていなかった。しおんの勝利だ。『ダークネスシャワー』でアイボリーのカボチャを更に二百削り、無傷のまま残り三百まで減らすことに成功する。
「運がええなぁ、しおんくん。けど、最後の最後まで勝負は分からんで」
「絶対にカーディナルと同棲する権利を手に入れてみせる!」
「今更だけど、何で俺が誰かと過ごすのに、アイさんの許可が要るの?」
良い感じに熱い雰囲気をぶつけ合うアイボリーとしおん。その雰囲気をぶち壊すかの如くカーディナルがポツリと疑問を呟いた。それを耳聡く拾ったアイボリーが、お茶を飲んでいるカーディナルに大股で近付き、グイッと顔を近付けて力説を始める。キスできそうな距離まで詰め寄られて、カーディナルが軽く身を引いて椅子から落ちそうになっていた。
「当たり前やろ! ホンマやったら、リーンさんとリアンさんにも勝ってからやで?」
「誰か分からないけど、カーディナルに過保護なことだけ分かる」
「ええー?」
知らない名前が出てきたが、アイボリーの同類だと察するしおん。カーディナルは椅子に座り直して腕を組み、よく分からなさそうに小首を傾けている。アイボリーに勝利するだけでもこんなに苦労しているのに、新たに二人も登場するなんて同棲が遠のいてしまう。さっさと決着をつけてしまおうと、若干、フラグを建てつつ、しおんは手を出してアイボリーに告げる。
「アイさん、戻ってきて。ジャンケンするよ」
「そうやな。まずは勝負を終わらせてから、ナルちゃんに言い聞かせるか」
しおんの「じゃんっけん、ぽんっ!」の掛け声で出したパーは、やれやれと嘆息して戻ってきたアイボリーのチョキに負けてしまった。遂に神様の贔屓が終わったらしい。アイボリーが「いくで、『シザーライトニング』!」と唱えた。
瞬間、カボチャを切るみたいに、大きな鋏の刃の部分の形をした青白く輝いている電気が交差する。カボチャについたバツ印の形をした傷はすぐに消えた。が、ゲージが九百になる。
「ようやく神様に俺の思いが伝わったみたいやな。ここからはもう勝たせへんで」
興に乗りだしたアイボリーの掛け声でジャンケンを実施するしおん。圧倒されてしまったのか、またもやチョキに負けて六百削られる。焦りが満面に広がり始めた。焦燥に駆られそうになる自分を、「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせる。ゲージは三百になってしまったが、アイボリーだって同じ数字なのだ。何も焦る必要などない。良い勝負だ。
「やるやん。一週間前とは大違いやな」
「じゃあ、カーディナルとの同棲を認めて下さい」
「調子に乗んな、お断りや」
フッと双眸を眇めて実力を認めたアイボリーが、しおんの言葉ですぐに冷たい態度に戻る。木で鼻を括ったような態度に気圧されつつ、しおんは気合いを入れ直してジャンケンの掛け声を担当した。しおんの掛け声で繰り出された手はパーとグー。しおんの勝ちだ。そして同時に、三百残っているゲージもゼロにできた為、ゲームの勝者もしおんだった。
「のああああっ!」
小型爆弾を刺激されたカボチャが真っ二つに割れて、アイボリーへと照準を合わせて個包装されたビスケットを放つ。大量に降ってきたビスケットに、うつ伏せで押し倒されたアイボリーの背中でお菓子の山が築かれる。多種多様なビスケットの群れに襲われたアイボリーの魔力がカラになった。
椅子に座っていたカーディナルが小走りで駆け寄り、個包装されたビスケットを吟味し始める。カボチャから撃たれたお菓子は食べても何も問題ないと、一週間の特訓期間でカーディナルに教えてもらった。しおんも何個か貰おうと近付くと、うつ伏せのままグッタリとしたアイボリーが見上げてくる。
「いったぁ。やるやん、しおんくん」
「これでカーディナルとの同棲を認めてくれる?」
「ええで、俺は認めたるわ。あとの二人は知らんけどな」
冷たい態度しか見せていなかったアイボリーが顔を綻ばせ、恐る恐る確認するしおんに首肯した。しおんはようやく認められたことに胸を撫で下ろし、ぱあっと顔を輝かせて歓びを全身から溢れさせる。「いえーい」とビスケットを食べているカーディナルに向けられた手とハイタッチをし、狂喜乱舞したい気分の勢いでそのまま抱きついた。