⑪
あんずとレイブンを探しに行ったカーディナルがわかばを連れて戻った。あんずとレイブンは買い物中故、後で来るそうだ。カーディナルはリーフグリーンの方にわかばを連れて行く。極上野菜の食品サンプルを片付け中のリーフグリーンが首を傾けた。「どうした、カーディナル?」と青菜に塩を振ったみたいな顔で尋ねる。
「わかばが極上野菜、欲しいんだって!」
「おっ、マジか! どれがいいんだ!?」
パッと顔を明るくしたリーフグリーンがわかばに詰め寄った。片付ける寸前だったサンプルを、わかばの顔前にズイッと寄せる。期待の眼差しを突き刺すリーフグリーンに軽く身を引きつつ、「じゃあ、これで……」とわかばが野菜を選ぶ。選ばれたのは黄金に輝く極上のきのこ。カサの部分に『紫』と書かれたシールが貼られていた。カーディナルがカボチャを用意する。
「紫色だからキレキレカボチャだな」
「どういうカボチャなんだ?」
「負けた方は勝った方に怒鳴ってしまう恐ろしいカボチャだよね」
「勝っても負けても地獄やでー?」
毒々しい色のカボチャを両手で抱えたカーディナルがしおんの質問に応えた。さりげなくカーディナルの隣に立ったしおんを、これまたさりげなく引き剥がしたアイボリーが、悪戯気味に双眸を眇める。対戦相手に怒鳴ってしまうのも、怒鳴られて心ない言葉を吐かれるのも、精神的負荷が強すぎるだろう。しおんはカボチャを取捨選択したリーフグリーンに半眼を向けた。
「リーフさん、なんでそんなカボチャを混ぜたのさ」
「ルーレットで決めたから、俺の所為じゃねぇ」
「ほら」とルーレットの実物と折り畳まれた紙を見せるリーフグリーン。十四色で構成されたルーレットだ。折り畳まれた紙を広げると、野菜の名前が羅列しており、ルーレットで決まったであろう色で線を引いていた。カボチャを用意したり、ブースを設置したり、割とちゃんと下準備があったらしい。
「じゃあ、やるかぁ。わかば、俺のこと嫌いにならないでね?」
「なるわけがないだろ。カーディナルこそ俺のこと嫌いになるなよ?」
「そんなの当たり前だろ」
不安そうに首を傾げて顔を覗き込んだカーディナルが、わかばの回答を聞き安心したように顔を綻ばせた。蜂蜜のように甘い片笑みに、わかばが顔にうっすらと一重梅を咲かせる。少しだけ優越感を乗せながら、満更でもなさそうに口を緩めた。
しおんは双眸に嫉妬を装填して、わかばの背中を強かに拳で殴る。ジトッとした非難がましい目を向け、「早くジャンケンしろ」と拗ねた表情で伝えた。カーディナルの無邪気で嬉しそうな笑みを堪能していたわかばが、仕方なさそうに手を前に出す。
「カーディナル、行くぞ。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あっ、勝っちゃった。『ファイアプリズン』!」
わかばの渋々といった掛け声で行われたジャンケンはカーディナルの勝ちだった。怒鳴られることになったからか、カーディナルは複雑そうな表情でわかばのカボチャに魔法を撃つ。わかばのカボチャが猫の顔の形をした炎の檻に閉じ込められた。ゲージが千五百から千百になる。
「わかば、カーディナルのこと傷付けたらぶん殴るぞ」
「しおんくん、俺にも一発殴らせてや」
「全員から一発ずつやっちまえばいいじゃねぇか」
緊張した面持ちのカーディナルを抱き締めたしおんとアイボリーはわかばを睨めつけた。リーフグリーンも胸郭を削るような粗いざらつきを帯びた声で拳を構える。両手で口を押さえて慄然としたわかばに、カボチャが焦れたみたいに目を光らせた。瞬間、わかばの眉が吊り上がる。こめかみに青い癇癪筋を走らせたわかばに、しおんとアイボリーとリーフグリーンが身体を強張らせて警戒心を顕にした。
「いつも可愛いことばっかしてんじゃねぇぞ!」
「うえっ!?」
まさしく空気を切り裂かんばかりの裂帛だったのに内容が平和でカーディナルが驚嘆する。真面目にキレているわかばは、ピリピリと怒気を放ち、眉間に深く皺を刻んでいた。鼻息を荒くして可愛すぎることに怒るわかばに、肩透かしを食ったしおんは半眼になる。
「どこにキレてんだ」
「気持ちは分かるで」
「殴るのはなしだな」
ハッと我に返ったわかばの左右に立ち、ポンッと優しく肩に手を置くアイボリーとリーフグリーン。「マジで? 俺のどこが可愛いんだよ」とカーディナルだけが訝しむ。首を傾けるカーディナルに、「それを語ると長時間はかかるから、鍋パーティーの時に教えたるわ」と、アイボリーが告げた。
きっと皆から可愛いと思っていることを曝け出されて照れることになる。だろうに、分かっていないのか、カーディナルは素直に肯いた。カーディナルが納得したところで、二回目のジャンケンの準備をする二人。わかばの怒気を含まない掛け声がブースに響き渡る。
「じゃんっけん、ぽんっ!」
「いぇーい、また勝った。『ファイアプリズン』!」
勝者はまたしてもカーディナル。両手の人差し指と中指を立てて、顔横に固定して勝利のポーズを披露する。可愛いことをしてから魔法を撃ったカーディナルが、わかばのカボチャを再び猫の顔の形をした炎に閉じ込めた。ゲージが七百に減る。
わかばのカボチャの瞳がキラリと光った。紫色の光に包まれたわかばの顔に怒りが宿る。露骨に不快感を顕にして、咎めるような視線を突き刺した。ジロリと睨まれてビクッと少し肩を上げたカーディナルをアイボリーとしおんが庇う。わかばが口を開く。
「思わず抱き締めたくなるほど可愛いんだよ!」
「……さっきの続き?」
「わかば、鍋パーティーの時に好きなだけ聞いてやるから落ち着け」
「キレキレカボチャやのに喧嘩の内容が平和やな」
「本当の喧嘩が勃発したり、仲違いしないように、調整してくれてるのかも」
空気がひりつくほどの雄叫びを上げた割にやっぱり平和な内容だった。拍子抜けしたカーディナルをアイボリーに任せ、しおんがわかばを宥める。カーディナルに抱きついたままのアイボリーが、愁眉を開いてカボチャを見上げた。少しだけ萎縮したカーディナルの頭を撫でたセルリアンがアイボリーに応える。確かに、カボチャが原因で仲違いだなんてたまったものではない。
淡い紫色の光から解放されたわかばが、ただ自分の本音を叫び続ける状況に顔を両手で覆う。恥ずかしいのだろう。気持ちはよく分かる。隠していた本音を、絶対に聞き間違えることのない声量と、本気だと一目瞭然な顔で吐露するのだ。羞恥に悶えるに決まっている。それに気付いていないカーディナルがわかばに呼びかけた。
「わかば、いくぞー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「おっ、俺の勝ちだ。『トライアングルレイ』」
三回目のジャンケンはわかばの勝利。三角形の形を作ったわかばの手から光線が飛び出す。カーディナルのゲージが千三百になった。カーディナルの頭上に浮かぶカボチャの双眸が淡い紫色に光る。同時、カーディナルの全身も儚げなオーラで包まれた。アイボリーが弾んだ声を潜める。
「ナルちゃんは何を言うんやろ」
「ていうか、カーディナルからの罵倒とかご褒美だろ」
「それはしおんだけだ」
期待を胸に興奮するしおんに手刀を落とすリーフグリーン。カーディナルの口から聞きたくもないような汚い言葉が出ないとも限らない。期待と不安が脈を打つ。恐らく、アイボリーとリーフグリーンも同じだろう。罵倒されるわかばもゴクリと生唾を飲んだ。カーディナルが静かな怒りを滲ませた冷たい表情を浮かべる。鮮麗されてとても綺麗なのに、その冷徹さにぞくりとした。




