⑦
普通のレタスを買いに行ったレイブンを見送ったカーディナルが列の先頭に居る客の対応をする。黒い髪に橙色の瞳を持つローブを羽織ったあんずだった。あんずは台座に並んだキュウリを指差す。キラキラと神々しく輝く黄金のキュウリを手に取ったカーディナルは裏側を確認した。裏に何やらシールが貼っている。
しおんがカーディナルの隣で覗くと、そのシールには青色と書かれていた。本物の食べ物に貼っているのだろうか。気になったしおんは目の前に鎮座した人参を突く。食品サンプルだった。そりゃあそうだ。本物を無防備に置きっぱなしにしていたら、ブースでのゲーム中に盗まれるかもしれない。
「えーっと、青色だからびしょぬれカボチャかな?」
「うげぇ、負けた方は頭上から色々な液体をぶっかけられるやつじゃねぇか。しおん、給料二倍で代わってくれ」
「それに加えて魔法の手錠も貸してくれるなら引き受けても良いよ」
台座の下に置かれたカゴから、カーディナルが青色のカボチャを取り出す。ビー玉サイズのそれを見た瞬間、リーフグリーンが嫌そうに顔を歪めて、しおんの肩に腕を乗せてきた。しおんは結局まだ入手できていない魔法の手錠を対価として求めてみる。魂胆が丸見えで反対されるだろう。と思いきや、リーフグリーンが取り出した金色の手錠で、カーディナルとしおんの手首を繋いだ。
「ほらよ、どうせカーディナルにつけるんだろ?」
「うえっ!? 俺、休憩なしになるじゃん!」
休む為に壁際に行こうとしていたカーディナルが手錠を見る。理想通りカーディナルと一緒にゲームできる状況に、しおんはご満悦に肯いた。あんずとカーディナルを繋いで負けた二人に液体を浴びせるのも悪くない。が、大好きなカーディナルが敵になることに、耐えられる気がしなかった。
「次の挑戦者はあんずだな」
「はーい。よろしく、しおんとカーディナル」
リーフグリーンから青色のカボチャを受け取ったあんずがしおんの言葉に挙手する。二人と巻き込まれたカーディナルでブースに入った。カボチャの軸を押して互いの頭上に浮かべる。今のところ、黄金の極上野菜を購入できたのが、カーディナルに勝利したアイボリーだけだからだろう。そこそこ長かった列が短くなっている。そんな中、挑んできたあんずが手を前に突き出した。
「いっくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あっ、負けた」
「よしっ、勝った。『セイクリッドティア』!」
繰り出した拳を見つめるしおんのカボチャの周囲に、あんずが白く光る雨を降らせる。ゲージが千五百から千百になった。まだ真っ二つにじゃないカボチャの底から、バケツがひっくり返ったような水が落ちてくる。真下に居るカーディナルとしおんに直撃した。
「みゃあああああっ!?」
「ぎゃあああああっ!?」
「最初は水か」
「水も滴るいい女やなぁ、ナルちゃん」
崖から流れ落ちる滝の如く水流でびしょ濡れになるカーディナルとしおん。リーフグリーンとアイボリーがプルプルと頭を左右に振って水気を飛ばすカーディナルを見て感想を吐露する。カーディナルが重くなったローブを絞りながら、「多いんだよ、風邪引くわ!」とカボチャを見上げて叫んだ。
しおんも着ているVネックシャツとジーンズどころか下着までしょ濡れである。確かに、立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花なカーディナルは、水も滴るいい女だ。もしも手錠で繋がっていなければ、アイボリーのようにはしゃぎながら写真を撮っていた。
が、これはあまり浴びたくない。リーフグリーンが給料二倍で交代したがった理由もよく分かる。次のジャンケンは勝たなければ。「うぇぇ、パンツまでびしょびしょだぁ」と、そちらを見たくなることを呟くカーディナルの言葉を聞き流し、勝利のために集中する。
「いくぞ、あんず! じゃんっけん、ぽんっ!」
「やった、また勝った。『ホーリーフィアンマ』」
神様の目は誤魔化せなかったらしい。頭の片隅に芽生えた欲を見抜かれ、しおんはまたもやジャンケンに負けてしまった。光り輝く白い炎に包まれ、カボチャのゲージが千百から七百になる。刹那、カーディナルとしおんの頭上から、大量のマヨネーズが降ってきた。
「うみゃああああっ!?」
「うぎゃああああっ!?」
「うわぁ、マヨネーズ塗れだ」
「ぎっとぎとやん、あとで服買ってあげる。ナルちゃんだけ」
「アイさん、俺は?」
マヨネーズに襲われる光景を見たあんずが苦虫を嚙み潰したような顔をする。食用油と酢と卵を主材料とした液体は水よりも気持ち悪い。是非ともしおんも新しい服が欲しい。そう思って恐る恐る聞いてみたものの、アイボリーに「なんで俺がしおんくんの為にお金を使わなあかんの」と睨まれた。傷心中のしおんに代わり、カーディナルがジャンケンをする。
「じゃんっけん、ぽんっ!」
「げっ、負けた」
「次も勝てると思ったでしょ! 勝てねぇーよ、ばーか! 『ファイアプリズン』」
「俺が負け続けてるからって主導権を奪わないで!?」
顰めっ面をしたあんずにカーディナルが悪戯っぽく口角を上げた。しおんのツッコミの直後、あんずの頭上に浮かぶカボチャが炎に包まれる。あんずのゲージが千五百から千百になった。途端、カボチャの真下に居るあんずに向かって、濃い茶色の液体が降り注いだ。 「わあああああっ!? 麦茶だ!」と手で頭を守るあんず。無害なはずの飲み物がとんでもない攻撃力になっている。びしょ濡れになって動揺している今なら勝てるかもしれない。
「あんず、勝負だ! じゃんっけん、ぽんっ!」
「しおんになら勝ち続けられるって事だね、『セイクリッドティア』」
「俺、勝利の女神になんかしたっけ!?」
不意打ちでジャンケンを仕掛けたしおんは、あんずの手に負けてしまい天に向かって叫ぶ。涙を誘う光り輝く白色の雨が、しおんのゲージを七百から三百にした。途端、良い感じにドロドロとした茶色の液体が、カーディナルとしおんの上から大量に降ってくる。
「うにゃああああっ!?」
「ほぎゃああああっ!?」
「におい的にカレーか」
鼻を動かすリーフグリーンの言葉通り、液体の正体はカレーだった。しおんの口に飛び込んできた味から察するに辛口だろう。人肌に優しい温かさに調節されていて火傷はなし。ただ、ゴロゴロと液体に混ざった具材が、服の中に入り込んで気持ち悪かった。何とか落とそうと服の裾を掴むと、同じ事を考えたらしいカーディナルがシャツの裾を捲りあげる。
「うう、ジャガイモが服の中に入った」
「こらっ、カーディナル! こんな誰でも見られる場所で服を捲るんじゃありません!」
「しおんくんも着々と俺等側に近付いてきたな」
「しおん、ジャンケンするよー」
外で小鼻を膨らませて期待する観客に、白く艶めかしいカーディナルの素肌を見られてたまるか。と、しおんはカーディナルの手に自分の手を重ね、無理やり裾を下ろさせた。アイボリーとあんずがさりげなく壁になる形でカーディナルを囲んでいる。あんずの言葉に従おうと、しおんは手を前に出す。




