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「アイさん、俺のことが好きなら、あんずとジャンケンしてくれる?」
「あったりまえやん。ナルちゃんのお願いやったら、地平線の果てに行ってでも叶えたるで。あんずくん、手伝って」
「はーい。じゃあ、いくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
可愛らしく首を傾けたカーディナルに肯いたアイボリーに従い、あんずが掛け声を担当した。結果、勝者はアイボリー。メロメロ状態から解放されたアイボリーが、ニヤリと口の端を吊り上げながら、揶揄を孕んだ双眸を眇める。嫌な予感に襲われたのか、カーディナルが軽く身を引くも時既に遅し。アイボリーがニッコリと満面の笑みを浮かべてカーディナルの名前を呼んだ。
「ナルちゃん、俺のほっぺにちゅーして?」
「うん、いいよ」
メロメロ状態になったカーディナルがアイボリーの頬に触れるだけのキスをする。セルリアンが「アイボリー、次は俺の番なのに!」と不満を吐いた。素で忘れていた様子のアイボリーが小さく「あっ、ごめん」と呟く。しかし、セルリアンにメロメロにはできない。カーディナルは匂いを移すみたいにアイボリーの肩口に額を押しつけ、グリグリと擦り付けている。完全にアイボリーにメロメロだ。
流石に申し訳なく思ったのか、アイボリーはカーディナルに擦り寄られたまま、『エクレールタイフーン』を撃つ。再びあんずのカボチャの周囲にのみ暴風雨が吹き荒れる。近くに落ちた雷を利用して、カーディナルがアイボリーを潤んだ瞳で見上げて「アイさん、怖い。よしよしして?」と懇願した。当然、逆らえるはずもないアイボリーは、大人しくカーディナルの頭を撫でてあげる。
「……あんずくん、ジャンケンしてくれへん?」
「オッケー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「えへへ」と大輪の花が咲き綻ぶように顔を緩めたカーディナルが嬉しそうに目を細めた。本来、セルリアンが受けるべき笑顔だった為、罪悪感を刺激されたらしいアイボリー。名残惜しそうに下を向きながら、あんずの掛け声でジャンケンを繰り広げる。勝者はあんずだった。
「はーい、カーディナルおかえりー」
「ただいま?」
パーで勝利したあんずが正気に戻ったカーディナルを回収する。頭に疑問符を浮かべるカーディナルを抱き締めつつ、ホッと安堵の息を吐いているアイボリーから距離を取った。そして、嫉妬をぶつけるみたいに、彼のカボチャへと『セイクリッドティア』をぶつける。
アイボリーのカボチャの上にだけ光の雨が降った。触れると感動させる魔法の雨だ。九百あったアイボリーのゲージが五百になる。対するあんずのゲージは七百。良い勝負だ。すると、カーディナルが悪戯気味に双眸を眇めて、メロメロになりたくないセルリアンとアイボリーに告げた。
「俺に後で焼肉を奢ってくれたら、名前を呼ぶのはやめてあげるよ?」
「なるほど、その手があったか」
「奢ってあげるから許してー」
ハッと何か閃いた様子のアイボリーの横でセルリアンが即答で条件を呑んだ。「よっしゃ」とカーディナルが嬉しそうにガッツポーズをする。アイボリーが顎に手を当てて何やら考え込んでいる為、喜んでいる場合ではないと思う。きっとアイボリーはしおんと同じ事を企んでいることだろう。
「ナルちゃんに名前を呼ばれる前にジャンケンしよっか。じゃんっけん、ぽんっ!」
「うわっ、最悪。負けちゃった」
「うぇぇ。俺、またアイさんにメロメロになっちゃうの?」
不敵な笑みを浮かべたアイボリーの掛け声で行われたジャンケンはあんずの負け。あんずがグーを繰り出した手を睨めつける。カーディナルもメロメロ状態を体験したくないようで、嫌そうに眉間に皺を寄せてチラリとアイボリーを見た。アイボリーはニヤニヤと口の端を吊り上げ、セルリアンに何やら耳打ちをしている。それを聞いたセルリアンもアイボリーと同じくニヤリと口角を上げた。
「名前を呼ばれたくなかったら、俺に可愛らしく許してっておねだりしてみて?」
「うえっ!? さっきの仕返しされた!」
セルリアンの条件を聞いたカーディナルが息を呑む。メロメロ状態になるか、可愛らしくおねだりするか。しおんにとっては究極の選択だ。自分ならどちらを選ぶか考えていると、カーディナルが渋々といった様子でセルリアンにふんわりと抱きついた。目薬を使ったのか瞳を潤ませ、顔を覗き込んで上目遣いをお見舞いする。
「セルリさん、お願い。許して?」
「合格!」
最後に絶妙な角度で首を傾け、眉尻を下げた切なげな表情を浮かべれば、あっという間にセルリアンを落とした。抱き締め返したセルリアンはとてもご満悦な様子だ。しおんも横顔を撮影したが、真正面から見てみたかった。メロメロカボチャを使うべきだったか。
自分の番じゃないからサクッと進めたいのだろう。イチャイチャするセルリアンとカーディナルを尻目に、アイボリーは本日三度目の『エクレールタイフーン』を放っている。暴風雨と雷鳴を轟かせる雷が、あんずのゲージを七百から三百まで削り取った。あんずは一気にピンチだ。
「リアンさーん。もうジャンケンしても良い感じ?」
「いいよー。譲ってくれて有難う」
大人しくされるがままのカーディナルを腕の中に閉じ込めて愛でていたセルリアンがアイボリーに肯く。ようやく解放されたカーディナルがあんずに引き摺られていく。手錠を利用してカーディナルを強制的にセルリアンから引き離したあんずは、頬を膨らませて不機嫌を露わにしていた。アイボリーが勝ち誇った表情であんずを鼻で嗤い、余裕の色を滲ませた顔で手を前に突き出す。
「あんずくんも不満そうやし、そろそろ終わらせるで。じゃんっけん、ぽんっ!」
「うぐぐ、本当に終わらされた! 悔しいいいい!」
「楽しかったで、あんずくん。『サンダーフェニックス』!」
アイボリーの掛け声による最後のジャンケンもあんずの負け。しかも、チョキの手に負けた故、三百しか残っていないゲージを全て刈り取られる。悔しさを滲ませた双眸で歯を食い縛るあんずのカボチャに、アイボリーが燃え盛る炎と青白い雷を纏う不死鳥を放つ。ゴリゴリと削られたカボチャが真っ二つに割れ、個包装されたミニフィナンシェが降る。
「わあああああっ!」
「みゃあああああっ!」
手錠で繋がれたあんずとカーディナルが仲良くお菓子の山に埋もれた。個包装されたミニフィナンシェが芝生に座り込んだ二人の魔力を奪う。カーディナルが脱力した身体をへなへなと仰向けに倒した。あんずもバタリと横向きになる。いつの間にか居なくなっていたリーフグリーンが、魔力回復薬を四本持ち、しおんの隣に戻ってきた。
無防備な色香を醸し出してグッタリしているカーディナルを引っ張り出す。手錠によってあんずも這い出せたところで、二人に魔力回復薬を渡した。しおんと一緒に写真を確認していたアイボリーにも差し出す。気配り上手な男だ。皆で魔力を回復し終えたところで、セルリアンが両手を叩いてにこやかに試験の終了を告げた。




