⑮
リベンジマッチで負けたわかばを慰めていたあんずにアイボリーがカボチャを渡す。情熱的な薔薇のように真っ赤なカボチャだった。心なしか目がハートになっているように感じる。受け取ったあんずが軸を押しながら首を傾けた。
「このカボチャは?」
「これはメロメロカボチャや。次はこれを使うで。俺にメロメロになったナルちゃんが見たいからな」
「そんなの使わなくても俺はアイさんのこと好きだよ?」
「何やこの子、純粋でかわいい」
カボチャの軸を押したアイボリーが感極まった表情でカーディナルに抱きつく。キョトンとしたカーディナルは赤い瞳を瞬いて不思議そうにしていた。されるがままなのを良いことに、アイボリーがカーディナルの胸元に頭をグリグリと擦り付けて狂喜乱舞している。今にも踊り出しそうなほど、胸から溢れた愛おしさが瞳にも滲んでいた。
「でも、そのカボチャを使ったら、あんずもアイさんにメロメロになるんじゃ」
「あんずくんはリアンさんにメロメロになっといてもらうから問題ないで」
「うぇぇ、嫌だなぁ」
「流れるように巻き込まれた挙げ句、心を傷付けられた」
アイボリーが魔法の手錠でセルリアンと手首を繋いでしおんの質問に応える。あんずが露骨に苦虫を嚙み潰したよう顔をした。突然、無防備な手首に手錠を嵌められ、惚れるのを嫌がられたセルリアンが傷付いた顔をする。しおんは感心した表情で、二人の頭上に浮かぶ真っ赤なカボチャを見上げた。
「惚れる相手の選択なんてできるんだ」
「ああ、名前を呼んだ相手に惚れるからな」
「ねぇ、アイボリー。俺にもメロメロになったカーディナルを堪能させてよ」
「仕方ないなぁ。順番交代やで」
同じくカボチャを見上げたリーフグリーンが肯く。その傍らで、セルリアンが両手を合わせてアイボリーに交渉を持ちかけていた。アイボリーは腕を組んで少し考えた後、交渉に応じる。セルリアンの顔が子供みたいにぱあっと輝いた。そんなやりとりを目の前で見せられたカーディナルが、ムッと唇を尖らせて木で鼻を括ったような態度で言う。
「ふんっ、そう簡単にメロメロになんてなってやんないもんね!」
「そうだね。俺が勝てば、他の人にメロメロになったカーディナルを見なくて済む!」
誰かに惚れるカーディナルを見たくないあんずも闘志を燃え上がらせる。右目の下を人差し指で軽く引っ張り、ベーッと舌を出すカーディナルと手首を手錠で繋いだ。あんずとカーディナルを繋ぐ魔法の手錠はリーフグリーンからの借り物である。借りるのも申し訳ないし、自分のタイミングで使いたい為、そろそろ手錠を売っている店を知りたいところだ。
しおんはチラッとリーフグリーンの顔を見て訴えてみる。視線に気付いたリーフグリーンが首を横に振った。自分で探し出すしかないようだ。リーフグリーンに断られてガックリと項垂れる中、アイボリーが黄色の瞳を好戦的に輝かせ、微かに期待を宿した顔で手を前に突き出した。
「おっ、ヤル気満々やな。じゃあ、いくで。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あれ?」
結果はアイボリーの勝ち。グーを出して負けたあんずが首を傾ける。アイボリーが魔法を放つこともせず、「よっしゃ、勝ったぁ! おいで、ナルちゃん」と両手を広げた。カーディナルがあんずのことを気にせず駆け出し、満面の笑みでアイボリーにギューッと抱きつく。全身からアイボリーへの愛情が色濃く溢れだしていた。
「アイさん大好き!」
カーディナルに引っ張られてきたあんずが苦々しい顔をする。そんな視線を気にも留めず、カーディナルはアイボリーにスリスリと擦り寄り、胸中から溢れる愛おしさを振りまいていた。アイボリーも満足そうに顔を綻ばせて、カーディナルの細い腰を抱き締め返している。
「あんずは普通だな」
「セルリアンさんが名前を呼ばなければメロメロにならないからな」
「なるほど」
むうっと不貞腐れるあんずを見て呟いたしおんは、律儀に教えてくれたリーフグリーンの言葉に得心した。カーディナルの愛情を独り占め中のアイボリーは勿論のこと。微笑ましそうな羨ましそうな眼差しを向けるセルリアンもあんずを呼ぼうとしない。今回のゲーム、恐らく被害に遭うのはカーディナルだけだろう。カーディナルがアイボリーかセルリアンの名前を呼べば、犠牲者を増やすことになるが。
「アイさんは俺のこと好き?」
「大好きに決まってるやん」
「ふへへ」
コツンと額同士を合わせたカーディナルがアイボリーの回答にふにゃりと相好を崩す。赤色の瞳にアイボリーへの愛しみが止めどなく滲み出ており、本当に心から好きなんだと伝わってきた。しおんは段々とアイボリーへの嫉妬心を湧き上がらせながら、カーディナルに向けてカメラを構える。
「いいなぁ。俺もカーディナルに大好きって言われてみてえええ!」
「悔しがりながらフラッシュを焚くな」
カーディナルの可愛らしい笑顔を撮りまくるしおんに苦笑するリーフグリーン。ツッコミしつつも止める気配はない。しおんは悔しさで歯を食い縛りながら、止められないのを良いことに、愛情を振りまくカーディナルの顔を撮りまくった。猫みたいにゴロゴロと擦り寄るカーディナルを抱いたまま、アイボリーが仏頂面でつまらなさそうにしているあんずに目を移す。
「さて、名残惜しいけど、次の勝負に進もうか。っと、その前に……」
やっと魔法を使っていないのを思い出したアイボリーがカボチャに手を向けた。パーで勝利したアイボリーの魔法は『エクレールタイフーン』。あんずのカボチャの周囲にだけ暴風雨を巻き起こし、稲妻を落とす。光ってすぐに鳴り響く雷鳴が恐怖心を煽る魔法だ。あんずのゲージが千五百から千百になった。あんずは気を引き締めてアイボリーを睨めつける。
「次は勝つ。じゃんっけん、ぽんっ!」
「ちょっと、アイボリー。俺の番で負けないでよぉ」
「ああー、ナルちゃーん」
二度目のジャンケンは闘志を漲らせたあんずの勝ち。楽しみにしていたのか不平を鳴らすセルリアンと、メロメロ状態から脱して離れていくカーディナルに手を伸ばすアイボリー。後ろ髪を引かれる思いで名前を呼ぶアイボリーに応えず、カーディナルはあんずに引っ張られるまま距離を取る。ズンズンと大股で最初の位置に戻ったあんずが、カーディナルをギュッと抱き締めて胸を撫で下ろした。
「よかったぁ。無事にカーディナルを取り戻せた」
「アイさんにメロメロな俺、そんなに気持ち悪かったの?」
「そういうことじゃな……」
「ナルちゃん!」
「うえっ!?」
よく分かっていないカーディナルの言葉を、あんずが否定しようとした。アイボリーがそれを遮って、カーディナルを抱き上げる。両脇に手を入れて持ち上げたアイボリーは、目を丸くするカーディナルを持ったままクルクルと幸せそうに回った。三回ほど回転した後、目の奥に色濃い愛情を宿してスリスリと頬擦りをする。完全にメロメロ状態だ。
「えへへ、ナルちゃんやぁ。ナルちゃん、愛してるで-」
「あっ、しまった。俺、アイさんの名前……」
「思いっきり呼んでたよ」
恍惚とした表情でキスをしようとするアイボリーの口を塞ぎ、カーディナルの言葉に肯くセルリアン。その傍らであんずは八つ当たり気味にカボチャへと『ホーリーハーリケイン』を撃っていた。アイボリーの頭上に浮かぶカボチャが、白色の神々しい聖なる暴風に包まれ、ゲージを千五百から九百まで減らす。




