⑩
リーフグリーンが「セルリアンさんが悪役みたいになってんなぁ」と顔を引き攣らせて呟く。それに苦笑するセルリアンの手を握ったカーディナルが、「何があっても俺はセルリさんの味方だよ」と、顔を覗き込む。感極まった表情のセルリアンが勢いよくカーディナルに抱きついた。
「ああっ、リアンさんだけ狡いで!」
「そんな可愛い猫ちゃんを抱き締めるなんて羨ましい!」
「えっ、猫ちゃん?」
頬を膨らませるアイボリーに続いたしおんの言葉に、セルリアンが面食らった表情でカーディナルを解放する。毛先を緩く捲いた茶髪からぴょこんと猫耳が生えていた。尾骶骨からは二本の尾。手は尖った爪を並べた肉球付きの猫の手だ。足も臑から下が猫の足になっている。首には大きな鈴をつけた首輪もあった。服装はそのままだが、完全に猫又の姿だ。
もしやと、セルリアンが自分の格好にも目線を走らせる。健康的な色だった肌が雪のように真っ白だ。スーツも雪に溶け込みそうな真っ白な白装束に替わっている。前も後ろも短めの金髪は腰まで伸び、肌や髪と同じく雪色に染まっていた。流石に性転換は不可能故、男の体格のままだが、どこからどう見ても雪女の格好である。
「性別関係ねぇから怖いんだよな、このカボチャ」
「ナルちゃんが可愛すぎて家で飼いたい」
「カーディナル、耳と尻尾を触らせてくれ!」
ようやく気付いたセルリアンに憐憫の眼差しを向けるリーフグリーン。着物故、あまりそう見えないが、確かに強制的な女装というのは中々に辛い。手錠を免れたことにホッとしたしおんは、アイボリーの興奮した声でカーディナルの方に意識を集中させる。もふもふとした猫耳と尻尾を撫で回したくて、血走った目で頼み込んだ。今にも土下座しそうな勢いだった。
しおんの勢いにビクッと肩を跳ねさせたカーディナルがコクリと頷く。許可を得たしおんは恐る恐る猫耳に触れた。刹那、手触りを堪能する間もなく、カーディナルの尻尾でペシッと弱々しく叩かれる。驚いて猫耳から手を離したしおんの隙を突き、カーディナルがローブのフードを被って猫耳を隠した。強張った身体が小刻みに震え、しおんを見つめる瞳も潤んでいる。
「やっぱり、だめ。ぞわぞわする」
「ほほう」
「何をしようとしてんだ、ぶん殴るぞ」
「もう殴ってる!」
嗜虐欲を煽られキラーンと目を煌めかせたしおんの頭をリーフグリーンが割と強かに叩いた。容赦なく殴られたしおんは涙目で頭をさする。ズキズキと痛む頭を両手で抑えながら、怯えるカーディナルを抱き締めて守るリーフグリーンを睨めつけた。不貞腐れるしおんの襟首を掴んでカーディナルから引き離したわかばがセルリアンに窺うような視線を向ける。
「そろそろ再開した方が良いんじゃ……」
「そうだね、このままのペースだと放課後になりそう。ということで、じゃんっけん、ぽんっ!」
肯いたセルリアンの掛け声で繰り広げられたジャンケンはまたもやわかばの勝利。チョキで勝ったわかばの『ダイヤモンドアクティース』」が、セルリアンの頭上に浮かぶカボチャに向かう。どんな硬いものも破壊する菱形の光線がカボチャを一瞬だけ貫いた。パラパラと欠片を落としたカボチャがすぐに元通りになる。額に手を翳して一部始終を見たセルリアンがカーディナルに謝罪した。
「ごめん、カーディナル。また負けちゃった」
「何やってんのさ、セルリさん。ゲージがもう五百になってんじゃん」
「俺、ジャンケン弱いのかなぁ」
頬を膨らませたカーディナルに呆れられ、困った顔で自分の拳を見ていると、ポンッと姿が変わるセルリアン。次の格好は天狗だった。鼻が長く伸びた面に濡羽色の大きな羽根。スーツから山伏の格好に替わり、手に木の葉で出来た羽団扇を持っている。
「セルリさん、手錠が外れた」
「えっ?」
左側に居たのは着物を纏った幼い子供。おかっぱになった頭は毛先を緩く捲いた茶髪。赤い瞳や顔立ちにもカーディナルの面影がある。小さくなったことで手錠の輪が抜けている。今回のカーディナルは座敷童子のようだ。セルリアンが目線を合わせて手錠を付け直してあげた。幼児特有の大きくなった瞳でジーッと見上げられ、思わず庇護欲をかき立てられる。抱き締めようとした瞬間、横から飛んできたアイボリーが腕の中に閉じ込めた。
「ナルちゃん、かっわええなあああああ!!」
「うわっ、アイさん!?」
「カーディナル、めちゃくちゃかわいい!!」
「うえっ、しおん!?」
驚くカーディナルを反対側からしおんが抱き締める。両側から飛びついたアイボリーとしおんに、カーディナルが幼くなった身体を強張らせて目を丸くした。「アイボリー、よく二人も引っ張ってこれたね」「わかばとあんずが目を回してるぞ」と、セルリアンとリーフグリーンがアイボリーに無理やり引き摺られた被害者を見る。芝生のグラウンド故、怪我はなさそうだった。
「アイボリー、罰としてわかばの代わりにジャンケンしてね。じゃんっけん、ぽんっ!」
「俺の勝ちやな、リアンさん」
「なんでええええ!?」
無茶ぶりをしたセルリアンの掛け声で始まったジャンケンはアイボリーの勝ち。またしてもチョキの手に負けたセルリアンは、自分の開かれた手の平を見つめて魂消る。その隙に魔法も代理で放ったアイボリーの『サンダーフェニックス』が直撃した。燃え盛る炎と青白い雷を纏った不死鳥がセルリアンのカボチャを真っ二つに割る。
咄嗟にしおんはカーディナルの小さくなった手を手錠から外して遠くに逃げた。瞬間、セルリアンの上から大量の一口チョコレートが降ってくる。自分の弱さに驚嘆していたセルリアンが「おわあああああっ!?」という悲鳴を残してお菓子に埋もれた。カーディナルがセルリアンの背中の上に積み上がったチョコレートの山を眺めて呟く。
「セルリさん、一回も魔法を撃たずに負けたね」
「本当にジャンケン弱いよな」
「魔法は強いんやけどな」
昔から彼を知るリーフグリーンとアイボリーもカーディナルに同意を示した。よく思い返してみれば、セルリアンが爆弾発掘ゲームで勝利しているのをあまり見ていない気がする。目を覚ましたわかばに勝ったことを告げたしおんは、リーフグリーン達と同じく何とも言えない感情になった。




