④
「特訓だからって手加減しないよ? 『フレイムキャット』!」
「……かわいい」
悪戯っぽく双眸を眇めたカーディナルが唇に人差し指を当てて、しおんの胸の中に広がる感情を緊張感から愛おしさに塗り替える。赤い炎で出来た燃える猫達がしおんのカボチャを攻撃した。カーディナルは自慢の猫達を褒められたと思ったのか、「俺のにゃんこたち、かわいいっしょ?」と嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情がまた可愛くて、しおんはすれ違っていると分かっていて首肯した。
戯れる猫たちから解放されたしおんのカボチャは、千五百から四百減らされて千百になっている。愛らしいカーディナルの姿が見られたからか、四百減らされたことなんて気にもならない。このままじゃ勝負に集中できない。しおんは特訓に付き合ってくれているカーディナルに申し訳なくなり、集中できるように提案をする。
「俺が勝ったら、ご褒美が欲しい」
「えっ、突然すぎない?」
あまりにも唐突すぎる要求に当惑するカーディナルだが、お人好しらしく少し考える仕草をした。ワクワクと期待で胸を弾ませながら待っていると、揶揄を孕んだ双眸を柔らかく眇めて両腕を横に大きく広げるカーディナル。
「じゃあ、しおんが勝ったら、ぎゅーってしてあげる」
なんて茶化すような口調で言われ、しおんの中に眠っていた闘志を想像以上に刺激する。メラメラと目の奥を燃やすしおんに「よっしゃあ」と喜ばれ、冗談だったのか子供扱いしているつもりだったのか、カーディナルが「あれ?」と首を傾けて困っていた。
もう一度、カーディナルの腕の中に閉じ込めてもらえる。それ即ち、至近距離であの良い匂いを嗅ぐことが出来るうえ、カーディナルの魅惑的な身体に触れることが出来るということだ。カーディナルの全てが性癖ドストライクなしおんへのご褒美にならないわけがない。
ヤル気を漲らせたしおんは「よし、行くぞ! じゃんっけん、ぽんっ!」と、カーディナルの準備も待たずに掛け声を口から吐き出す。慌てて繰り出したカーディナルの手はチョキ。しおんの手はパーだった。しおんの負けである。神様はそう簡単に勝たせてくれないらしい。
「にゃんこ達が抱擁反対だって!」
と、もう一度『フレイムキャット』を発動しながら、困ったような満更でもなさそうな笑みを湛えるカーディナル。しおんのカボチャに突撃してきた猫たちが、心なしか先程よりも凶暴に見えた。どうやら本当にしおんとカーディナルの抱擁に反対意見を唱えているようだ。千百になっていたカボチャのゲージを一気に五百まで減らして帰って行く。
だが、猫に反対されようと、アイボリーに邪魔されようと、しおんの中に諦めるなんて言葉は存在しない。絶対にカーディナルと抱擁してやるし同棲してやると、更に闘志を燃やしてヤル気を溢れさせる。「おお、めっちゃヤル気出てんじゃん」と目を煌めかせたカーディナルの掛け声で、三度目のジャンケンを行う。しおんがチョキを出したのに対して、パーを繰り出しているカーディナルの手。勝ったしおんは全力でカボチャに魔法をぶつける。
「『ダークネスシャワー』!」
黒い小さな無数の棘がカーディナルの頭上にあるカボチャ目がけて斜め上から降り注ぐ。魔法を無力化する魔吸石を用いているのか、全てを受け止めたカボチャは無傷だが、闇属性の魔法で触れた相手の重力を五倍にして動けなくする。カーディナルのカボチャのゲージが千五百から九百に減った。
「おおー」と感嘆の声を漏らして見ていたカーディナルは、まだまだ余裕のある表情をしている。カーディナルの色々な表情を見たいしおんとしては、もう一度、アイボリーとのゲームの際に見た焦る姿も拝みたいところだ。それを糧にますます闘志を燃やしたしおんは、「じゃんけん、するぞ!」とカーディナルに声をかける。
「いいよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「よっしゃ!」
「ああ、また負けた!」
パーを選出したカーディナルにチョキで勝ったしおんは、再び『ダークネスシャワー』をお見舞いした。カーディナルの頭上に浮かぶカボチャに真っ黒な針がグサグサ刺さり、九百になっていたゲージを三百まで減らしていく。カーディナルが流石に焦りの色を浮かべ始めていた。
それ見てホクホクしていたしおんだったが、ふと自分との抱擁を嫌がっているのかという、嫌な疑問に脳を支配される。苦虫を嚙み潰したような顔でカーディナルの様子を窺っていると、キョトンとして首を傾げたカーディナルが瞳で何を訴えているのか理解してくれた。
「言っとくけど、別にしおんを抱き締めるのが嫌なわけじゃないよ。ただ、負けるのが悔しいだけ」
「良かったぁ」
「そんなに心配だったの?」
へなへなと地面に座り込んだしおんの大袈裟な反応にカーディナルが目をパチパチと瞬かせる。カーディナルの全てが好みなしおんにとって嫌われるなんて死活問題なのだ。当然の反応である。「俺がしおんを嫌がってたら、特訓に付き合うわけないじゃん。ほら、じゃんけんするよ」と、ほんの少し照れ臭そうに呆れたように告げたカーディナルが、手を前に出した。面映ゆそうな顔も可愛いと目に焼き付けながら、しおんも立ち上がって手を前に差し出す。
四度目のジャンケンはカーディナルの勝ちだった。幸いにもグーを出して負けたおかげで、炎の猫達に減らされたゲージが百だけ残る。次、ジャンケンに負けたらゲームにも負けてしまう。それは嫌だ。カーディナルと抱擁できる権利を感嘆に手放してたまるかと、欲望を胸懐から隠さず溢れさせて闘志に変える。「何かしおんの目、怖くない?」とカーディナルに言われながらも、彼との五回目のジャンケンに挑んだ。結果はしおんの負けだった。