③
「カーディナルちゃん、来たよー!」
「俺じゃなくてしおんたちに言うべきだろ」
魔力回復薬を貰ってお菓子の山から這い出したしおんの視界で、レイブンがカーディナルに飛びついた。ダボっとした黒いローブに包まれた細い身体を腕の中に閉じ込め、ギューっと抱き心地を堪能している。慣れている様子のカーディナルは、しおんたち三人を指さしつつもされるがままだ。
レイブンは白のシャツとジーンズの上に黒いローブを羽織っている。以前、聞いた通り、この学校の生徒のようだ。レイブンが飛びついた際に落ちた三角帽子を拾い、黒髪の上に乗せる。シンプルな黒縁の眼鏡を押し上げ、その奥に輝く橙色の瞳に好戦的な色を宿した。
「代表生徒二人目は僕だよ。対戦相手は誰?」
「しおんにばっかり任せてられねぇ。俺が行く」
「おー、いいねぇ。やる気満々だ」
名乗り出たのはわかば。力んだ顔つきをして覚悟の瞳で発せられた台詞にセルリアンが感心する。わかばはまだ爆弾発掘ゲームに慣れていないが、大丈夫だろうか? しおんが不安を滲ませた紫色の瞳で幼馴染を見守る中、名前を告げ合うレイブンとわかば。自己紹介を済ませた二人に、セルリアンが赤褐色のカボチャを差し出す。
「これは語尾カボチャ。負けた方はジャンケンに勝つまで、ゲーム中、変な語尾になる」
「なんでしおんは仲良くなれるようなカボチャだったのに俺は罰ゲームみたいなカボチャ!?」
「色々なカボチャを使った方が見てて面白——わかば達も楽しいでしょ」
赤褐色のカボチャを受け取ったわかばが目を丸くして共感する。それを笑顔で受け流したセルリアンは、「ほらほら、時間は有限だから早く始まっちゃって」とレイブンとわかばを急かした。納得いっていないまま話を逸らされたわかばがモヤモヤした表情をする。レイブンはセルリアンの遊び心に慣れているらしく、特に不平を鳴らさずカボチャの軸を押した。
「わかばくんも早く。僕と遊ぼう」
「ったく、ここは好戦的な人達が多いな」
わかばが諦めてカボチャの軸を押す。確かに、今までゲームをした相手は、ほぼ全員、瞳をギラギラと煌めかせていた。爆弾発掘ゲームが大好きなのだと伝わってくるほど。しおんはわかばの意見に心の中で賛同する。レイブンが好青年っぽい見た目に反して、熱意溢れる橙色の双眸をわかばに向けた。
「じゃあ、いくよ! じゃんけん、ぽんっ!」
「ゲッ、負けた」
「『ハートブリザード』!」
わかばが苦虫を噛み潰したような顔でチョキを見る。そんな彼の頭上に浮かぶカボチャに、レイブンが容赦なく魔法をぶつけた。カボチャの周囲にハートの形を描くように雪が吹雪く。千五百あるゲージが千三百に削られた。瞬間、わかばのカボチャが光を浴びて、真下に居る主を照らす。わかばが何をされたのか焦燥に駆られながら息を呑む。
「うわっ、なんだぴょん? この光! って、語尾がダセェぴょん!?」
「今の光を浴びることで語尾が変わるんだよ。さっき、しおんとカーディナルを操る際も、分かりにくいけどかぼちゃの目が光ってたんだ」
「後出し情報だぴょん! ああっ、ダセェぴょん!」
「こういうのはカーディナルちゃんがやらないと可愛くないよね」
セルリアンが愉快そうにカボチャの仕組みを説明する中、恥ずかしさのあまり身悶えながら頭を掻き毟るわかば。しおんも語尾に「ぴょん」なんて十六歳にもなってつけたくない。レイブンの言う通り、そういうのは小さな子供かカーディナルにしか似合わないのだ。
名指しを受けたカーディナルはキョトンとして、「なんで?」と言わんばかりに目を瞬いている。かと思いきや、不意に指を開いた形で、手を頭に乗せた。旋毛の左右の位置に手根部を合わせ、ウサギの耳のような形にして首を傾ける。
「ぴょん?」
「カーディナル、かわいい!」
「ああっ、しおんくんずるい!」
反射でカーディナルを抱き締めたしおんにレイブンから不平が飛んできた。「かわいいぴょん?」と手を前後に軽く振りながら、カーディナルが追い打ちをかけてくる。可愛すぎて心臓が破裂するかと思った。心拍数が怖いくらいに膨らんでいく。心臓が握りつぶされているかの如く痛い。想像を超えた可愛らしさに庇護欲まで湧き上がってくる。
すると、もうゲーム中じゃないのに、セルリアンに可愛いうさぎと引き剥がされた。しおんは不満を顕に頰を膨らませてセルリアンを睨め付ける。それを横顔で受け止めつつ、セルリアンはレイブンとわかばに続きを要求した。しかも、さりげなく回収したカーディナルを抱き締めている。職権濫用だ。教師だからって狡い。大人の包容力をこれでもかというほど持つセルリアンだからか、カーディナルも安心した面持ちで腕に擦り寄っている。しおんは悔しさで歯を食いしばった。
「わかばくん、いくよ? じゃんけん、ぽん!」
「ああああっ、また負けたぴょん!」
「それっ、『アイスピューピル』!」
しおんがセルリアンをじっと見つめて大人の包容力の身につけ方を勉強する中。レイブンの掛け声で行われる二回目のジャンケン。結果はご覧の通りである。レイブンが眼鏡を外して頭を抱えるわかばのカボチャを見つめ、一瞬だけ凍り付かせた。わかばのかぼちゃのゲージが千三百から一気に七百まで減る。
このままだと、わかばは一方的にレイブンにボコボコにされて終わってしまう。そのうえ、変な語尾をつけさせられる恐怖と危機感もある。しおんは気遣いを滲ませた顔に不安を宿した。その視線の先、ガックリと項垂れたわかばは、変な語尾を発したくないのか喋らない。口元を両手で隠したわかばに、カーディナルが可愛らしく小首を傾けて問う。
「もう『ぴょん』って聞かせてくれないの? かわいいのに」
『カーディナルがもう一回やってくれるなら喋る』と声を発さず口の形だけで伝えるわかば。幼馴染故、何となく伝わったしおんは、訝しげなカーディナルに告げる。それを聞いたカーディナルが面食らった表情をした後、迷うように視線を彷徨わせた。
指摘されてやるのは自らやるより恥ずかしいのか、ほんの少しだけ頬が色付いている。恐る恐る手根部を旋毛の横に合わせ、伏し目がちな瞳を横に逸らしたまま、蚊の鳴くような声で小さくポツリと呟いた。
「ぴょ、ぴょん」
「ありがとうぴょん。最高に可愛いぴょん」
「わかばも着々とカーディナルの沼に落ちてきてるな」
真顔と早口で捲し立てるわかばにしおんが乾いた笑みを浮かべる。またライバルが増える予感に苦々しい笑顔になってしまった。同じ家に住んでいる自分が一番優位だと自負しているが、新人のわかばが予期せぬ展開を巻き起こす可能性もある。気を付けなければと、改めて気を引き締めた。




