⑮
「リーフグリーン、俺は他のブースに行ってくるね」
「おー、よろしく。給料はたっぷり用意しとく」
「楽しみにしとくよ」
セルリアンがリーフグリーンと生々しい会話を繰り広げて部屋を出て行った。幾ら知り合いといえど、仮にも客の前で給料の話はしないでほしい。どれぐらい貰えるのか気になってしまう。捌いたお客様の数で決まるのだろうか。それとも勝利回数なのだろうか?
興味を惹かれたのはしおんだけじゃなかったらしい。カーディナルがリーフグリーンに「いくら渡すの?」と、単刀直入、聞いている。リーフグリーンがカーディナルを手招きして顔を寄せた。耳元で何かを囁く。カーディナルが瞠目して息を呑んだ。一体、いくらだったのだろうか。更に気になった。
「レイブンとしおんも店内掃除の成果によっては給料を渡してもいいぞ」
「無給で働かせるつもりだったんだ」
「そもそも、店内清掃自体、嫌なんだけど」
驚くカーディナルの頭にポンッと手を置き、リーフグリーンが悪戯っぽく口元に弧を描く。セルリアンの敗北の尻拭いを担うことになったレイブンとしおんは、苦虫を嚙み潰したような顔をした。しおんの尤もすぎる意見を聞いたリーフグリーンは、目を何度か瞬いた後、少し考え込む仕草をする。
もしかして、店内清掃をなしにしてくれるのか。と、しおんは期待を目に宿してリーフグリーンを見つめる。何十秒か待った結果、リーフグリーンに勝てば店内の掃除をしなくていいことになった。しおんはこの後もカーディナルとの買い物デートを楽しむ為、やる気を漲らせる。
しかし、リーフグリーンに対して苦手意識がある。そのうえ、一度負けている相手だ。どうしても雰囲気に気圧されてしまう。しおんは今までの試合でも頼ったカーディナルに助けを求めた。
「カーディナル、俺が勝てるように応援——」
「おっと、そうはさせねぇよ? 『ローズヒュプノス』!」
「うえっ!?」
リーフグリーンがしおんの言葉を遮って魔法を放つ。逃げ遅れたカーディナルの足元に大きな赤い薔薇が咲き誇り、クルクルと回転を始める。ブワッとカーディナルの周囲に花吹雪が起こった。その中に佇むカーディナルの身体がフラリと傾く。薔薇の上に崩れ落ちたカーディナルはスヤスヤと眠っていた。花の寝台で猫みたいに丸くなって、気持ち良さそうに寝息を立てている。
「これでカーディナルからお前への応援はなくなった」
「ふんっ、カーディナルの寝顔だけでも十分だ!」
「なら、レイブン。カーディナルを膝枕しろ。花びらに触れるなよ」
リーフグリーンが強がるしおんを更に精神的に追い詰める。名指しを受けたレイブンは、「はえっ!?」と間抜けな声を漏らしつつ、欲望に従ってカーディナルを膝枕する。それと同時に、大輪の薔薇が雲散霧消した。周囲に散らばる赤い花弁が、幻想的な雰囲気を醸し出している。まるで名画みたいなレイブンとカーディナルは、今すぐ引き剥がしたいぐらいお似合いだった。
「くっ、闘志を漲らせるつもりでカーディナルを見たら、嫉妬で心をかき乱される仕組みにするとは」
「それでもめちゃくちゃガン見してくるね」
「カーディナルの寝顔に惹き付けられるんだぁ!」
しおんはリーフグリーンの企みに頭を抱えながらカーディナルを熟視する。レイブンの指摘でそれに気付くも、目を離したくても離せない。スヤスヤと眠っているカーディナルの寝顔はあどけなく可愛い。なのに、枕がレイブンの太股。しかも、レイブンはカーディナルの頭を撫でている。嫉妬しないわけがない。
「集中! 集中しろ、俺!」
「取り敢えず、いい加減にカーディナルから目を離せ。対戦相手を見ろ」
パンッと頬を手で軽く叩いたしおんの目線は相変わらずカーディナルの寝顔。しおんは自分の頬に手を添えて、呆れたように笑うリーフグリーンに無理やり視線を合わせる。さっさと勝てばカーディナルを回収できるんだ。嫉妬と寝顔で心を乱している場合じゃない。
しおんはリーフグリーンから貰った銅色のカボチャの軸を押した。勢いよく拳を作った手を前に突き出す。気合い十分なしおんにリーフグリーンが少し面食らう。緑色の瞳をパチパチさせた後、ニヤリと好戦的に口角を吊り上げ、リーフグリーンもカボチャの軸を押した。
「さっさと俺の勝ちで終わらせてやる! じゃんっけん、ぽんっ!」
「そう簡単には勝たせねぇよ? 『チェリーブロッサムストリーム』」
闘志を燃やしてジャンケンの掛け声を担当した結果、負けたしおん。チョキで勝利したリーフグリーンが容赦なくカボチャに魔法をぶつける。日本刀のような切れ味を誇る夥しい数の桜がカボチャの周囲で吹雪いた。千しかないゲージが一気に四百まで減る。
「うぇぇ、店内の清掃なんてしたくないよぉ」
「泣くな。強制的に清掃決定なレイブンよりマシだろ」
「ええっ、僕にはチャンスくれないの!?」
涙目で泣き言を溢すしおんをリーフグリーンが面倒臭そうに宥める。思わぬ事実の発覚に、レイブンが身を乗り出して大きく目を見開いた。てっきり、しおんの次はレイブンだと思っていた。しかし、「ない」と冷たく事実を突きつけるリーフグリーンにそのつもりはないようだ。レイブンが「そんなぁ」と眉尻を下げてガックリと項垂れる。
すると、トホホと顔を伏せたレイブンの右腕に、カーディナルがギューッと両腕を巻き付けた。赤い瞳は相変わらず瞼の奥に隠れている。どんな夢を見ているのだろうか。レイブンの右腕にグリグリと額を擦り付けながら、ムッと唇を尖らせて寝言を吐露する。
「んぅう。これは、俺のとうもろこしだぞ」
「うぐぐ。レイブン、羨ましい……ッ」
「レイブンの腕ってとうもろこしだったんだな」
「リーフさん、だいぶ疲れがたまってるみたいだね」
抱き枕みたいにしがみつかれているレイブンに歯噛みするしおん。その横で、目を丸くしたリーフグリーンがレイブンの腕を興味深そうに眺める。疲れがたまっているとボケに回るらしい。レイブンがお疲れ気味のリーフグリーンに苦笑しながら、されるがまま腕を見せてあげている。そこに「渡さない!」とでもいうようにギューッと抱きつくカーディナルはコアラみたいだ。
「リーフさん、続きやろう。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あっ、負けた」
「よっし、『シャドーアレーナ』!」
しおんはジーッとレイブンの腕を観察していたリーフグリーンに勝負を仕掛ける。今なら勝てるかもしれない。そんな思惑通り、疲弊を滲ませ始めたリーフグリーンに勝った。しおんはリーフグリーンのカボチャに向けて魔法を撃つ。対象の周囲に真っ黒な砂が嵐のように吹き荒れた。自分が繰り出した拳を眺めるリーフグリーンのゲージを、千から六百まで減らすことに成功する。
「このまま押し切ってやる。じゃんっけん、ぽんっ!」
「そう簡単には勝たせないって言っただろ。『チェリーブロッサムストリーム』!」
「ああーー、店内清掃はいやだああああーーッ!」
ボーッとしたリーフグリーンにジャンケンを仕掛けたしおんは、見事パーで負けて大技を食らった。鋭利な桜吹雪がゲージを容赦なくゴリゴリ削っていく。しおんは消えていくゲージの残数を見て、頭を抱えながら叫ぶことしか出来ない。あっという間に四百全て雲散霧消し、カボチャが真っ二つに割れる。中から大量の個包装されたミニ鯛焼きが落ちてきた。勿論、避ける暇なんてなく、しおんは鯛焼きを全て身体で受け止める。
「ぎゃあああああっ!」
ミニ鯛焼きに押し潰されて地面に座り込む。足の間にお菓子の山が積み上がった。頭の上や肩の上にも幾つか乗っている。一気に魔力を吸い取られて、しおんは身体を仰向けに倒した。蛍光灯の光が、直に目を攻撃してくる。ミニ鯛焼きの上の寝心地はあまりよくない。
お菓子のベッドにぐったりと身を預けているとレイブンが悲鳴を上げた。何事かとしおんは億劫さ全開で顔を動かす。閉じかけていた瞼が一気に上がった。レイブンの腕を抱き締めていたカーディナルが、両手で腕を掴んで人差し指を甘噛みしている。目は閉じたまま故、何かの夢の影響だろう。




