③
アイボリーにボッコボコにされた後から野宿生活を続けて二日。強制お泊まり会から帰ってきたカーディナルが、爆弾発掘ゲームというらしい例の勝負の特訓をしてくれることになった。ということで、猫の形をした大きな一軒家の前に広がる広い庭。しおんは家主であるカーディナルと向かい合って立っていた。
「よし。じゃあ早速、練習しようか」
毛先を緩く巻いた茶髪の上に黒い猫耳を生やしたニット帽を被り、ジャージの上からダボッとした黒色のローブを纏った細い身体は、何度、目に焼き付けても飽きないほどしおんの欲を満たしてくれる。なんて思いながら、カーディナルの身体に目線を走らせていたしおんは肯いた。引き締まった腰や美しい曲線を描く細くしなやかな脚を見ていた。と気付いているのかいないのか、カーディナルは何も言わずカボチャを出す。一般的に店でよく見るカボチャよりも小さくビー玉ほどしかない。
「このカボチャの軸を押すのがゲームの合図だよ」
身体に見合った美しく整った顔にニッと笑みを湛えたカーディナルが、手の平に乗っている小さなカボチャをしおんの方へと投げ渡す。しおんは見失わないようによーく目を懲らしながら受け取った。ビー玉サイズのカボチャの軸を恐る恐るカチッと押してみる。
ボンッという音を立てて超小型車ぐらいの大きさに成長した。持っていられず落としてしまったカボチャが勝手に浮き、それを視線で追っているカーディナルの頭上に移動して空中で静止する。カーディナルも同じようにカボチャの軸を押してしおんの頭上にセットする。
すると、カーディナルが再び胸を打たれたしおんに何かを投げ渡してきた。何とか受け止めたそれは、文庫本サイズの薄いノートだった。表紙には明らかに手書きの文字で『説明書』と書かれており、中を見てみると爆弾発掘ゲームについて細かく印されている。アイボリーとカーディナルの戦いの際も渡された説明書だ。
「それ、俺が作ったゲームの取説。しおんにあげるから復習してみて」
「カ、カーディナルの手作り!?」
「どこに反応してんだよ!」
ノートの文字がカーディナルによるものだと分かった途端、豪華絢爛に見えた。しおんは興奮した面持ちで丁寧で達筆な文字達を優しく撫でながら読む。爆弾発掘ゲームとは相手のカボチャの数字をゼロにすることにより、中に埋め込まれた小型爆弾を爆発させて真っ二つに割る勝負だ。
カボチャを倒す魔法を発動する条件はジャンケンに勝つこと。最低威力のグーで二百、中間のパーで四百。そしてチョキで六百だ。ただし、チョキばかり出していると相手のグーに負けてしまうため、攻撃できるどころか向こうからカボチャをどんどん削られてしまう。
「しおん、読めた?」
「うわっ、近っ」
ふむふむとゲームの詳細を頭に叩き込むのに夢中になっていると、暇になったらしいカーディナルがしおんに顔を近付けて下から覗き込んできた。至近距離に登場した性癖ドストライクで端正な顔の威力に驚いて、しおんは思わず大きく後ろに仰け反り、強かに尻餅を突いてしまった。
それを見たカーディナルがキョトンとして目を瞬いた後、フッと小さく笑う。面白そうにしてやったり顔でクスクス笑うその姿が可愛らしくて、驚いたことも尻餅を突いたことによる痛みもどうでも良くなった。
「ごめん、ちょっと驚かせようとしただけなんだよ。はい」
ようやく笑い声を静めたカーディナルが目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら手を差し出す。起き上がるのを手伝ってくれるらしいカーディナルに遠慮なく甘え眼前の手を掴んだしおんは、立ち上がった勢いを利用して前へと身体を倒してカーディナルの痩躯を地面に押し倒した。あっさりと地面へと横たわったカーディナルの身体に跨がったしおんの心臓が早鐘を打つ。
カーディナルは押し倒されると思ってなかったのか面食らった表情で目を瞬いていた。驚かされた仕返しをしてやろうと押し倒してみたものの悪戯が思い浮かばず、取り敢えず、カーディナルの細い身体をギューッと抱き締めて横に身体を倒してみるしおん。向かい合って地面に寝転ぶ意味不明な状況にカーディナルがますます不思議そうにする。そんなカーディナルから風に乗って漂ってくる優しいボディーソープの香りが心地良い。
「俺と一緒に寝るのは、アイさんに勝つまでお預けでしょ?」
満更でもなさそうに腕の中で首を傾けたカーディナルがふわりと柔らかく顔を綻ばせる。しおんは大輪の花が咲き綻ぶようなお日様のような微笑に胸を打たれつつ肯いた。そうだ、アイボリーに爆弾発掘ゲームで勝たなければ、同棲の許可を得られないのだ。
アイボリーはカーディナルに対して物凄く過保護故、見知らぬしおんとの同棲を賭けた勝負の場合、たとえ初心者であるしおん相手だろうと容赦なく本気を出してくるようなモンペ。折角の練習時間で特訓を疎かにして、自分の欲望を満たしている場合ではない。アイボリーとの勝負の日は一週間後。ルールを覚えるだけでなく勝てるようになるのに、カーディナルとの特訓の時間を無駄にしていい猶予なんて小指の爪ほども存在していない。
「特訓の相手、よろしく」
「了解」
ガバッと勢いよく起き上がったしおんに好戦的な瞳を妖艶に眇めて肯くカーディナル。そんな赤色の瞳の色香に心臓を撃ち抜かれつつ、しおんは手を前に出した。「じゃあ、いっくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」というカーディナルの掛け声と共にグーを繰り出す。対して、カーディナルの手はパーの形をしていた。しおんの負けだ。