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しおんはホテルのベッドで目を覚ました。昨日のバイトの疲れが残っているのか、すぐさま二度寝してしまいそうだ。流石に野宿は可哀想だと思ってくれたのか、幾らかのお金をくれたリーフグリーンの厚意に甘えて、しおんはバイトをしながらホテル生活をしていた。
ここに知り合いを持たない為、基本的に訪ねてくる人は居ない。このまま微睡に身を任せてしまおうとしたところで、ホテルのチャイムが鳴った。こういう場合、大体、チャイムの主は遊びに来てくれたカーディナルだ。
しおんはバイトの疲れも吹き飛んだ身体を弾ませ、嬉々として施錠している部屋のドアを開ける。チャイムの主は確かにカーディナルだった。だが、隣に見覚えのない男が居る。
前髪も後ろ髪も短い金色の髪に青い瞳をした男は、パリッとした新品のように綺麗なスーツを着こなし、しおんにない大人の落ち着きと上品さを醸し出していた。年齢は十六歳のしおんよりも十年以上離れているように見える。優しそうな面持ちに柔和な笑みを浮かべて自己紹介をした。
「初めまして。俺はセルリアン、カーディナルとの同棲阻止派の最後の一人だよ」
アイボリーとリーフグリーンの同類の人だったことに項垂れるしおん。カーディナルの愛され具合が留まるところを知らない。しかし、現在のしおんはリーフグリーンに負けてホテル生活中。新しい刺客が送られるような生活などしていない。一体どういうことだろうか? とセルリアンを見上げると、カーディナルがしおんの両手をギュッと握ってニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「しおん、セルリさんに勝てば俺と一緒に暮らせるよ。頑張ってね」
「ええっ!? 一体何が……」
知らない間に進んでいた話にしおんが目を点にして魂消た。詳細を知りたくてカーディナルとセルリアンの間に時間を彷徨わせる。単刀直入なカーディナルの言葉にセルリアンが肉付けしてくれた。
しおんは現在、アイボリーに一勝しているが、リーフグリーンに一敗している。つまり、セルリアンに勝てば二勝一敗でしおんの勝ちになる故、同性の権利を得られることになる。ということらしい。
理解できるようなよく分からないような理論だが、これはホテル生活から脱出するチャンスだ。しかし何故、今日会ったばかりのセルリアンが、そんな条件を呑んでゲームをしてくれるのか。しおんが怪訝な表情で意図を読もうとしていると、カーディナルと肩を組んだセルリアンに満足そうな顔で惚気られる。
「カーディナルが頑張っておねだりしてくれたんだよね」
「うん。俺、めちゃくちゃ頑張ったでしょ?」
「頑張ってた。えらいえらい」
「ふへへ」
されるがまま肩を組まれているカーディナルが、セルリアンに頭を撫でながら褒められて、嬉しそうにふにゃりと顔を綻ばせた。自分のために頑張ってくれたという事実に、感極まって思わずギューっとカーディナルを抱き締めるしおん。カーディナルを奪われたセルリアンから不満げな視線が突き刺さっているが、胸から溢れる歓喜が接着剤みたいになっていて離れられない。
久々に腕の中に閉じ込めたダボっとしたローブに包まれた身は、相変わらず折れそうなほど細くていい匂いを醸し出している、華奢な腰に回した腕を強めて肩口に顔を埋め、柔らかくて優しい匂いを鼻腔にたっぷり取り込む。一人でのホテル生活中、しおんが寂しかったのだと勘違いしたのか、カーディナルによしよしと頭を撫でられる。
「そういうことだから、早速、俺と爆弾発掘ゲームをしようか」
カーディナルとしおんを強引に引き剥がしたセルリアンが、嫉妬を覆い隠した愛想笑いで話を進めた。しおんは急いで着替えや朝食などの支度を済ませる。それを待っていたセルリアンは、しおんとカーディナルと片手ずつ手を繋ぎ、以前、アイボリーと勝負した公園に向かう。
芝生を敷き詰めた広々とした公園は、遊具の代わりに至る所に木目調のテーブルと椅子を並べ、立ち寄ってくれる人々を待っている。以前と何ら変わりのない光景だった。ちなみに、朝っぱらだからか来訪者は一人も居ない。
と、公園に到着したところで、しおんは手を離してもらえた。皆で仲良く手を繋いで公園に行った理由は、恐らくまたしおんがカーディナルにくっつかないようにだろう。大人の余裕で隠しているが、セルリアンもアイボリーやリーフグリーンと同じくかなり嫉妬深い。
「カボチャの準備はいい?」
「はい、バッチリです」
ちゃんとホテルから出る際、持ってきておいたカボチャを取り出し、セルリアンに首肯するしおん。そのまま、二人同時に軸を押して、超小型車ほどのカボチャを頭上に浮かべる。ちなみに、カーディナルは近くにある椅子に座って、パックの野菜ジュースを飲んでいた。セルリアンが好戦的な笑みを浮かべる。
「俺に勝ったらカーディナルとの同棲を認める代わりに、俺に負けたら今後一切カーディナルと暮らすのを禁じる。これが最後のゲームだよ。覚悟はいいかな?」
「絶対に勝つ!」
「良い目だ。けど、そう簡単に負けてはあげないよ。じゃんっけん、ぽんっ!」
濁りのない志をそのまま形にした覚悟の瞳で発する勇猛果敢なしおんに、セルリアンが血湧き肉躍る思いを顔に滲ませ色めき立つ。双眸をギラギラと煌めかせたセルリアンの掛け声で行ったジャンケンはしおんの負けだった。グーを繰り出した自分の手を眺めながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
セルリアンが『ウォーターファントム』という魔法を発動する。お化けの形をした大量の水が、しおんのカボチャに突撃していき攻撃し始めた。カーディナルの『フレイムキャット』に似ている魔法だ。ボコボコにしばかれたしおんのカボチャのゲージが、千五百から四百減らされて千百になる。
「まだまだここからだ!」
「おっ、いいねぇ。カーディナルと本気で一緒に暮らしたいのが伝わってくるよ」
闘志を漲らせるしおんにギラギラとした目で笑うセルリアン。お互いの目の奥に闘志の炎が燃えている。高揚した気分のままじゃんけんをしようとしたところで、カーディナルが野菜ジュースのパックを凹ませながらポツリと呟いた。
「思ったんだけど、別に俺の家じゃなくても良くない? マンションとか借りればホテル生活じゃなくな——わあっ!?」
「やだ! 俺はカーディナルと一緒に暮らしたいんだ!」
だが、別案を最後まで言う前に、しおんは力んだ顔つきでカーディナルの言葉を遮る。顔に険しい色を閃かせて唇を尖らせるしおんに気圧され、軽く身を引いたカーディナルが困惑気味に少し恥ずかしそうに尋ねてきた。
「な、なんで……」
「そんなのカーディナルが大好——」
「はーい。おじさんとのゲーム中に、カーディナルを口説くの禁止ねー。じゃんけんするよー」
それに応えようとしたしおんの告白を今度はセルリアンが遮る。その場のノリと勢いで告白できていただけだったようで、勢いを削がれてしまったしおんは、ふしゅーっと顔を赤くして悶える羽目になった。途中で告白を止められたカーディナルが、瞠目しながら椅子から立ち上がって身を乗り出す。




