⑩
カボチャは特殊な作り故、すぐに切り傷を雲散霧消させた。が、人間があの殺傷能力高めの桜吹雪に取り囲まれたら、痛みや出血多量であっという間に意識を飛ばしてしまいそうだ。しおんは無傷のカボチャを見上げ、千五百から九百に減ったゲージを視界に映す。いきなり大幅に削られてしまった。カーディナルとの同棲を奪われない為に、何としてでも逆転しなければ。
もっと闘志を燃やそうとカーディナルが居る方に顔を向ける。カーディナルはソファーに仰向けで寝転びながら、三毛猫のロングクッションを抱き締めて戯れていた。しおんの焦りを一気に吹き飛ばす可愛らしい光景だ。しかも、此方に気付いたカーディナルが、しおんに手を振ってくれるサービス付き。俄然、ヤル気が出た。
引き締めたくても緩んでいく口元を手で押さえ、しおんはキリッとした顔をする。しかし、ファンサービスを受けて有頂天気味なしおんと裏腹に、嫉妬を溢れさせたリーフグリーンから不満げな雰囲気が醸し出されていた。
「その幸せそうな場所から一気に地獄に叩き落としてやる」
「ひいいっ!? 殺気がすごいことになってるぅぅぅ!」
「しおん、リーフさんのこと怖がりすぎじゃない? アイさんの時は全く引けを取らなかったのに」
目の奥が笑っていない冷徹な笑みを浮かべて殺気を放つリーフグリーンに、ふんわりとしたカーペットの上を転がってきたカーディナルに泣きつくしおん。窓辺でクッションを抱えながらうつ伏せになっているカーディナルが、自分に抱きついているしおんに不思議そうな眼差しを向ける。しおんはガバッと勢いよく顔を上げて、至近距離にあるカーディナルの顔に泣き顔を近付けた。
「だって、あの人の殺気、怖すぎだろ!」
「大丈夫だって。リーフさんはああ見えても、根は優しいしお人好しだから。気に食わない人とかよそ者には冷たいけど」
「俺、バッチリ後半に当てはまってるじゃん!?」
よしよしとしおんの後頭部に手を添えて、肩口に顔を押さえつけたカーディナルに、面倒臭そうに宥められる。が、全く慰めになっていないことをサラッと告げられ、目を大きく見開いて涙目で顔を上げるしおん。カーディナルと物凄く距離が近いとか、鼻腔に漂う柔らかな良い匂いなんて、気にもならないほど恐怖心に満たされている。
「カーディナルと仲良く喋ってんじゃねぇぞ、糞餓鬼。蹴り飛ばすぞ」とリーフグリーンに脅され、「何でもいいけどゲームは放棄しちゃ駄目だよ」とカーディナルに引き剥がされた為、渋々と庭に舞い戻ったしおんはリーフグリーンのドスの利いた掛け声でジャンケンを始めた。またもやパーを出したしおんの手がチョキを繰り出したリーフグリーンの手に負けてしまい、まるでしおんにトドメを刺すかの如く『チェリーブロッサムストリーム』が炸裂。カボチャのゲージがみるみるうちに九百から三百まで減らされてしまった。このままじゃ負ける。
カボチャにも精神にも大ダメージを負って焦燥に駆られるしおん。リーフグリーンとのゲームを終わらせたくて、もう負けても良いかななんて薄ら思い始めた。すると、コロンと仰向けに寝返りを打ったカーディナルが、くいくいっとしおんの服を引っ張る。不満そうに唇を尖らせつつ、赤色の瞳に寂しそうな色を浮かべて、上目遣いで問いかけてきた。
「俺との同棲、もう終わって良いんだ?」
「嫌だ!」
「じゃあ、まだ諦めない?」
「諦めないから追い出さないで!?」
拗ね気味のカーディナルからの問いかけに即答したしおんは、慌てて駆け寄りカーディナルの両手を握り締めて訴えかける。勢いよく手を包み込まれて必死の形相で詰め寄られ、一瞬だけ面食らった表情で何度か目を瞬いたカーディナルが、ニコッとはにかむようにふにゃりと顔を綻ばせた。「うん、じゃあ負けんなよ?」と柔らかく双眸を眇めて激励をくれる。
それにより、諦めていた気持ちもリーフグリーンへの恐怖も雲散霧消したしおんは、アイボリーとのゲームの時と同じように一歩も引かずライバルを睨めつけた。絶対にここから逆転してカーディナルとの同棲を続けてやると強く決意する。大好きなカーディナルからの激励で息巻くしおんを、眼前で一部始終を見せられていたリーフグリーンが、こめかみに青い癇癪筋を走らせて睨む。
「おーおー、見せつけてくれんじゃねぇか。その希望、粉々に打ち砕いてやるよ」
「絶対にカーディナルとの幸せな二人暮らしを続けてみせる!」
お互いに好戦的な光を双眸に宿したリーフグリーンとしおんがジャンケンをする。結果はチョキを出したしおんの負けだった。『リーフティフォーネ』をお見舞いされたしおんのカボチャが、下から巻き上がる木乃葉の渦すっぽりと覆い隠される。今日の神様は完全にリーフグリーンの味方らしい。悔しさに歯を食い縛りながら、しおんは「くっ」と減らされていくゲージを見上げる。残り百。次、ジャンケンに負けたらゲームにも負けることになる。
目をギュッと閉じて神様に念じながら、しおんはリーフグリーンの掛け声と共に手を繰り出した。恐る恐る開いた瞳に映ったのは、自分のカボチャが下から巻き上がる薔薇の花びらに包まれている光景。『ローズヒュプノス』だ。「ああ、負けたのか」と理解したと同時、パカッと開いたカボチャの底から、個包装された一口サイズのバームクーヘンが降ってくる。真下に居たしおんは大量のバームクーヘンの雨に為す術もなく埋もれた。
「ぎゃああああっ!?」




