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第十五話 過去ー2

「ミナは自分の出自をこっそり調べていたらしいんだ」

そして、どういう手段を使ったかは判らないが、自分が

日本で生まれた事をつきとめた、らしい。

「俺の父親が仕事がらみで時々日本に出かけて、

ちょっとしたものを持ち帰るんだが、この記事が載っていた

新聞もその一つだったんだよ。親父は深く考えずに

ねだられるまま、ミナにこの記事を読んで聞かせたらしい」

日本ではね、親に殺されちゃう子もいるんだって。

養母の元に帰ると言った夜、ミナは訳を尋ねる王に

新聞記事を見せながら言った。

「私の本当のお母さんも、生まれたばかりの私を

よその家にあげちゃうくらいだから、私の事を

嫌いだったと思うの。一緒いいたら殺されちゃったかもしれないわ。

そんな私をママは引き取って救ってくれたのよ」

「……悲しすぎる、話だ」

「多分、ミナはそう思いこむ事で辛すぎる現実から

目を背けた買ったんじゃないかと、今にしてみれば思うんだ」

佐々木の脳裏に一人の少女の姿が浮かび上がる。

アーモンド形の瞳が印象的な勝気な女医の面影残すその少女は、

子供らしくない暗い雰囲気を全身にまとい、

泣き笑いのような表情を浮かべていた。

それは、出逢った頃のばかりの妻とよく似ている、

と佐々木は思った。

「ミナは続けたよ、A君は両親に殺されかけても親を許したの。

だから、私もママを許してあげようと思う。できるよ、

同じ国で生まれたんだもの。

それに、ママは私をこの家に置いていっただけ。

A君よりの親よりはずっとましよ」

子供の頃の話なのに、王はまるで昨日の出来事であるかのように

ミナの言葉を詳細に語る。

「どっちがましだというレベルじゃないだろう。

親に捨てられるか、殺されるかなんて。これは両方『罪』なんだぜ」

「ああ、でもあの時のミナには佐々木に比べれば自分はましだと

思い込む事で、大分救われた部分もあったと思う。新聞記事を

大切そうに持って叔母と一緒に家を出ていったよ」

佐々木は大きくため息をつくと乱暴に自分の髪をかきあげる。

受けた覚えもないインタビュー、しかし確かに自分の事が

書かれた記事が、遠い異国で暮らす一人の少女の運命を

大きく「悪い」方へとかえてしまった。

偶然と思いこみがもたらした結果とはいえ

肌の裏側をひっかき続けられるような、居心地の悪い罪悪感を覚えた。

「ああ、そんな顔するなよ。お前のせいじゃないって言うのは判っているから。

全てはミナの、糸の切れた風船のようだと自分を例えた

寂しい女の子の思いこみに過ぎない

再婚した叔母は、なぜか別れた夫が住むすぐ近くに

新居を構えた。インテリア雑誌の表紙を飾れそうな綺麗な外観の家だった」

その中でミナは、学業やスポーツの成績は優秀で、

ボランティアやクラブ活動にも率先して取り組む、

誰もがうらやむような理想の娘として育っていった。

「離れて暮らすようになった、と言っても同じ町の中だったから

叔母さんはしょっちゅうミナを連れて家に遊びに来ていたんだ、でも」

綺麗に着飾った叔母の口からあふれ出る言葉は、夫と娘への愚痴ばかりだった。

「叔母の二度目の夫はやはり白人で、経済力はあったけれど、気が弱くて

容姿も前の夫より大分劣っていたみたいだ。でも、そんな事は承知で

叔母は結婚したはずなのに」

聞いている方が呆れるくらい、些細なことまで夫の非を責め続ける。

「それはミナに対しても同じで、試験でトップを取れなかったとか、

スポーツの試合で思ったほど活躍できなかったとか、そんな些細なことまで

徹底的に責め続けるんだ」

そして、やはり綺麗に着飾ったミナは母親の隣でずっとそれを聞いている。

「義父の時には黙って、自分が責められている時は

ごめんなさいとずっと小声で呟きながら」

そして、自分の愚痴を全て吐き出し終わると、ミナの養母は彼女を抱きしめて

「いいのよ、次からは頑張りなさい」と告げて、

すっきりした顔で帰って行く。

「ミナと手を繋いで、な」

「なんて、歪な関係だ」

自分では呟いたはずなのに、その声は部屋中に響き渡った。

「佐々木の言うとおりだよ。叔母は夫も、

娘も別れた夫に自分の幸福さを見せつける為の

道具でしかなかった。

「あなたと別れた私は今、こんなに幸せよ」と言うわけだ。

でも、人はモノじゃないから自分の思った通りになりっこない。

叔母の描く幸福な家庭がどんなものかは判らないけれど、

夫とミナがいくら努力しても絶対実現できないほどの

高レベルな物であったことは確かだよ」

理想と現実のギャップの苛立ちが愚痴になり、

それを他者に聞かせる事で娘への罰とする。

罰を与えられた娘は、母の理想に自分の姿が重なるように、

背伸びに背伸びを重ねる。

「ミナは一度家庭崩壊を経験しているから、どんなにいびつな物であっても

それを全力で守ろうとしたんだろうな」

ねえ、私、いい子になるよ。

わがままも言わない。勉強もがんばる。

だから、だから、世界を壊さないで。二度と私を捨てないで。お母さん。

「ハーカー先生は典型的な機能不全家族で育った

アダルトチルドレンだったんだな」

王は頷く。

「俺の母親も、何とか手を打ちたかったみたいなんだけど、当の本人が母親と

いる事を望んだからな。どうする事も出来なかった」

ハイスクールに入学するころには、

ミナはほぼ叔母が理想とするような完璧な娘になった。

「そうすると今度は、皆の前で叔母は気持ち悪いほどミナをほめちぎって、

彼女はそれを本当にうれしそうな顔で聞いているんだ」

「親の理想そのままに自分を歪めた子供と、

それを自慢する事で自分のプライドを満足させる母親、か」

傍目から見れば立派に成功した子育て。

しかし、子供の中には言葉にできない不満や

うっ屈がはち切れんばかりにたまっているだろう。

「ミナは新聞の切り抜きの中のお前を見習おうとする事で、

自分の中の不満やうっ屈を押し殺そうとしていたみたいだ。

あいつ、紙が劣化する前に何十枚とコピーをとって

お守り代わりに持ち歩いていたから」

佐々木の脳裏に、また一人の少女の姿が浮かぶ。

妻と同じ位の年齢になった少女は

古い新聞記事を握り締め、一人ベッドの中で

「大丈夫、A君よりも私はまし。A君が出来たんだから私もできる」と呟き続けていた。

「それでも、ストレスは並じゃなかったんだろう。

何か問題行動は起こさなかったのかハーカー先生は」

「起こしたさ」

組んだ両手に唇を当てて、王は苦く呟く。

「ブラックジャックも被害にあっている暴言が、それだ。10代後半の頃からミナは

親しい友人に暴言を吐いて関係をぶち壊すようなことを繰り返してきた。

叔母と同じように、相手のほんの些細な欠点が許せなくなるらしいんだ。

ある一定の距離を置いて付き合えば、礼儀正しい理想的な人間だから

そのギャップについていけなくて、いつの間にかミナの周りには親しい人間が

誰もいなくなってしまった」

余りにも大きくそして悲しい、母親の理想の娘になれた代償。

「ブラックジャック、お前だけだ。ミナの暴言を黙って聞き続けた人間は」

「いや、それは俺も悪いところがあったからで……って、

なぜ俺に暴言の矛先が向かう

俺とハーカー先生は病院の同僚以外の関係はなかったぞ」

「忘れたのか、これの事を」

王はとんとんと、テーブルの上の古い新聞記事を叩く。

「ブラックジャックはここに来たころから、

自分の過去を特に隠す事はなかっただろう。

新聞の日付とお前の年齢から考えて、

ミナはすぐにA君がブラックジャックだと気付いたはずだ。

さっきも話した通り、ミナはこの新聞記事を、もっと言ってしまえば

A君を心のよりどころにしていた。

ミナの中でお前は見習わなければいけない師であり、同じような辛い思い出を抱えた

同士であり、叔母の高すぎる理想にくじけそうになる

自分を支えてくれた恋人だったはずだ」

沈黙が落ちた。

さすがに喋り疲れたらしい王が、冷めきった緑茶をすする。

空になったマグカップに新しいティーバックとお湯を入れて、そして

佐々木は呟いた。

「だとしたら、俺がとってきた行動は最悪だ」


続く











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