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第十四話 過去ー1

もうとっくの昔に役目を終えた年号が記されている古い新聞の記事は、

親の犠牲になる子供達という連載の一部らしかった。

「宗教に嵌り、家庭を顧みずついに全財産を寄付した妻に、疲れ果てた夫が

無理心中を企て、子供だけが生き残った」

事件のあらましが最低限述べられた後、「命を取り留めたA君の話」として

「僕はお父さんもお母さんも恨んでいません、一生懸命勉強して

二人の分まで頑張って生きていこうと思います」

という作為的な一文が続けられていた。

「時期と事件の内容から、A君は俺だと思うが」

困惑した表情で、佐々木は読み終えた記事をテーブルの上に置く。

「インタビューを受けた記憶も、記事を読んだ記憶もない」

「そうか」

「王は、これをどこで手に入れたんだ? 」

その問いに、王は微かに顔をゆがませる。

「……ミナに、もらったんだ」

「ハーカー先生に? 論文でも書く時の資料にでもしたのか? 」

「いいや。ブラックジャックはミナの名前と人種の違いを

おかしいと思ったことはないか? 」

唐突な問われて、佐々木は首をかしげる。

「それは……、アメリカは人種のるつぼだから特には。

君の従兄弟だからアジア系なのは当たり前だと思っていたよ」

「俺の国籍はアメリカだが、名前は中国式だろう。正直使いにくくて

しょうがないんだが、華僑の祖父さんがうるさくてな。

国籍は違っても、名前は祖先の血の出自を示せって」

「ミナと君は、血が繋がっていないのか?」

「御名答。察しがよくて助かるよ。

ミナは、もともと日本人なんだ。生後一カ月で渡米して

俺の叔母、母の妹の養女になった」

「国際養子縁組、か」

日本では、色々な事情から生まれてすぐに養育を放棄された子供達は、

乳児院で育てられ、里親の下に引き取られていく事が多いが、

中には専門の組織が仲介となって海を渡る子供達もいる。

あまり知られていないことだが海外では、日本人を養子にと望む声は高いらしい。

「叔母さんはミナをとても可愛がっていたし、ミナも自分が養女だと言う事を

8歳になるまで知らなかった。俺とミナが初めて会ったのもその頃だ」

「なにが、あったんだ」

佐々木の問いに、王は遠いところでも見るように僅かに目を細めた。

「あまり気持ちのいい話じゃないぞ」

「いまさら言うなよ、ここで止められた方が気持ちが悪い」

「……そうだな、俺の一族は華僑で、知っていると思うが同族の結びつきが強い。

アメリカに住みついて五〇年以上がたって、俺達三世がほぼアメリカ国籍を

取得していると言うのに、色々と、特に結婚となるとやかましくてね。

俺の母親は故国の同じコミュニティ出身の父親と結婚したんだが、

叔母はそんな風習を嫌って、ある白人男性と結婚したんだ」

「アメリカでもそんな事があるのか」

日本よりずっと血族関係はドライだと思っていた。

「まあ、俺の一族は特殊な部類だとは思うがな。もちろん俺達の祖父や祖母も

そして相手方の両親も大反対だった、らしいぜ」

しかし、障害が多ければ多いほど燃え上がるのが恋心と言う物である。

「結局二人は反対を押し切って結婚した。でも、失ったものも随分

多かったらしい。そして、何時までも燃え上がった恋心のまま、

ではいられないだろう」

「そうだな」

ドラマチックな恋愛であるほど、その熱が静まり現実が見えた時の

失望は大きい。

「加えて二人には子供が出来なくて、それが二人の間の溝を

深めたらしい。叔母は壊れ始めた夫婦のきずなを取り戻そうとして

ミナを養女に迎えたんだ」

その言葉に、佐々木はうすら寒いものが背筋を這い上って行くのを

感じた。

「余り褒められた話じゃないな、子供は魔法の道具じゃないんだから」

「そうだろう。俺は子供の事は原因の一つでしかないと思うんだ。

結局叔母たちはミナが八歳の時に離婚したからな。そして、叔母は

ふらりとミナの手を引いて母の元にやってきた」

高いお金を出してこの子を娘にしたのに、私の家庭は壊れてしまった。

もう、この子の母親でいる必要はない。

「それを娘の前で言ったのか、君の叔母さんは」

「ああ」

苦い薬を飲んだような表情で、王は頷く。

「俺は廊下からその様子を見ていたんだが、昨日の事みたいに

その光景は思い出せるよ」

一方的に自分を憐れみつづける母親と、その手を握り、何の表情もなく

母の言葉を聞き続ける少女。

「元々叔母は、お嬢様と言うか、自己中心的な部分があったらしいし、

その時は精神状態も普通じゃなかったんだろう。家の前にも裸足で

立っていたくらいだからな。というわけで、ミナは最悪な状況で

自分の出自を知ったんだ」

幼い子供にとって、それは世界の崩壊にも等しい出来事だったに違いない。

「母は叔母と性格が真逆の人だから、すぐにミナを自分の所で引き取る

事に決めたらしい。その日から俺とミナは一緒に暮らしはじめた」

「この間少し世話になっただけだけど、君のお母さんらしいな」

佐々木の脳裏に、どっしりと大地に根を下ろした大木のような印象の

王の母の姿が浮かぶ。いきなり家に転がり込んできた子供の同僚にすぎない

自分にも、随分と親身に世話を焼いてくれた。本来養子とはそのような

人たちが迎えるべきなのだ。

「母は男の子しか授からなかったから、女の子が嬉しかったんだろうな。

ミナの事をずいぶんかわいがって、そのお陰で彼女は

徐々に元気になっていったんだ」

「いい話じゃないか」

「そのまま行けば、な。言っただろう、俺の一族は血縁に関しては保守的だって。

しかもある程度財産があるから、よけいややこしくてな」

旧正月に当たる春節祭などの行事や、一族の祝い事などでミナは部外者として

あからさまな差別を受けた。

「両親はずいぶんそれに対しては心を砕いていたんだが、子供って

そういうことに妙に敏感だろう。加えてミナは昔から頭が良かったし

自分の立場を嫌と言うほど自覚したんだろうな」

「私は糸の切れた風船みたい。風が吹くままに飛ばされて

どこにも降りられない」

あの頃のミナの口癖だ、と王は続けた。

「それは、辛かっただろうな。ハーカー先生が妙に周りに

攻撃的なのはそのせいだったのか」

「いや」

首を振った王に、佐々木は違うのか、と続ける。

「話を最後まで聞いてくれ。でもその頃のミナは

まだ幸せだったと思う。一族の石頭連中はともかく

両親は彼女と俺たち兄弟を分け隔てなく接していたし」

「君も、ミナを大事にしたんだろう」

その言葉に王は僅かに顔を赤らめた。

「あの年頃の、年中泥まみれになっているガキにしてみれば

ミナはおとぎ話のお姫様に見えたからなあ。守ってやらなきゃと

思ったんだよ。だけど」

「だけど?」

「一年くらいしたころかな、また突然叔母が家にやってきたんだ。

再婚したから、ミナを迎えに来た。新しい夫が娘を欲しがっていると」

「おいおい、それは勝手すぎるだろう」

「だろう。母は激怒したよ、ミナはもう自分の娘だって。

だけど、ミナはそんな母に言ったんだ」

「私、お母さんの所に帰ります」と。

「どうして、実の母親じゃないんだろう。

君の家で愛されていたんだろう」

「ああ、ミナが叔母の元に帰った理由

それがこの新聞記事なんだ」

王の手が、再び古びた紙をつまみ上げた。



続く











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