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第十二話 困惑

控えめなノックの音に、ベッドに横になった佐々木は

ぼんやりと天井を見つめていた視線をドアに向ける。

「どうぞ」

「よう、目が覚めていたのか。気分はどうだ」

そう言って枕元の椅子に腰を下ろした同僚を佐々木はやはりどこか

霞がかかったような眼差しで見つめた。

「王……ここは、どこ? 」

「うん、俺の事がわかるのか。よかった、少しは病状が良くなったみたいだな。

俺の家のゲストルーム。入院させようか、とも思ったけれどそうすると

お前の立場があまり良くなくなるだろう」

「入院って……風邪ぐらいで大げさな」

佐々木の答えに、王は苦笑して肩をすくめる。

「そうだな、でも高熱が出ているにもかかわらず、パジャマ姿のまま

で歩こうとする人間は別だよ」

「……え?」

「ここ数日何をやっていたか記憶はあるのか」

「数日って、今日は×月×日だろう」

王は首を振った。

「その、二日後だ」

「……なんだって!!」

慌てて起き上がった瞬間、さっと血の気が引く感覚がして

目の前が暗くなる。

「ああ、急に起き上がるから。大丈夫か、頭を少し下げて

そうそう、まだ熱も下がり切っていないんだ。無理するな」

「夢を、見ていた」

布団を見つめて佐々木は呟く。

故郷の街の駅の改札口。人ごみの中父親に抱きかかえるように

連れて行かれる妻。それを追いかけようとすると、周りの人間が

一斉に自分の体を取り押さえる。それを必死に振りほどこうともがいているうちに

妻の姿は消えてしまう。

「そうか、辛い夢だな」

そう言って佐々木の肩を優しくたたいた王の手には、無数のひっかき傷と

何かが噛みついたような青あざが複数あった。

「まさか、これは俺がやったのか」

青ざめる佐々木に、王は少し躊躇した後頷いた。

「ブラックジャックが早退した夜に何度電話をかけても繋がらないから、

当直が終わった後様子を見に来たんだ。そうしたらパジャマ姿のままで

車道に飛び出そうとしていたんだよ。慌てて押さえつけても、興奮して

何か日本語で叫んでた。マユ、だけ聞き取れたけどな。奥さんの名前か?」

小さく佐々木は頷く、夢の中の出来事だと思っていた

自分を取り押さえていた人の手は王の物、だったらしい。

「酷い錯乱状態だったんだな。何を使った? 」

尋ねる佐々木の右手には、針の後が幾つもあった。

「中程度の鎮静剤と向精神薬だ。それでも何度か目を覚まして出ていこうとしたから

ここに連れてきた。悪かったな、勝手な事をして」

「いいや、謝るのはこっちの方だ。入院の事まで気をまわしてもらって

ありがとう」

「いや、前に日本から留学してきた医者がやっぱり精神を病んで

入院したら、あっという間に強制帰国させられたからさ。志半ばで

帰りたくないだろう。ブラックジャックは」

「……ああ」

頷きながらも、再びじんわりとした絶望感が胸の中に沸き起こる。

フラッシュバックに過呼吸発作、挙句の果てに錯乱状態にまで

陥った人間が、このまま精神科医を続けていけるとはとても思えなかった。

「そんな顔するなよ。生きていれば調子が悪くなる時くらいはあるさ」

「程度ってものがあるだろう。本当にすまなかったな

俺なんかの為に色々と尽くしてくれて」

「……ミナが、何をした? 」

「なんで、それを」

驚く佐々木の手の平に、王はポケットから取り出したモノを

そっと乗せた。銀のチェーンがついた。同じ色のリング。

「これは」

ミナが窓の外から投げ捨てたはずのペンダント。

「渡すのが遅くなってすまん、千切れたチェーンと同じような物が

中々なくて、探し回っていたんだ。そしてこれは」

ともう一方のポケットから取り出したモノは、

妻の声を届け続けた古い携帯電話だ。

「何とか治せないかメーカーに問い合わせたんだが、

機種が古すぎて部品が残っていなかった。

何とか形だけは整えてみたんだが……」

手渡された携帯電話は、液晶と操作部分との結合部分に

幾重にもビニルテープが巻かれていた。

白いそれが、どこか包帯を連想させる。

両手に乗せられた、二つの品に心に満ちていた絶望感が

徐々に薄らいでいく。もう、二度と手にできないと思っていた。

「……よかった……」

ペンダントと携帯を抱きしめて、佐々木は嗚咽交じりに呟く。

うれしくとも、涙が出るのだと初めて実感できた。

「すまない」

「え?」

唐突に謝罪の言葉を叫ぶような勢いで口にした王に

佐々木は面食らった。

「ブラックジャックをここまで追い詰めたのは

俺のせいだ」

「な、何を言っているんだ、王」

携帯電話を壊し、ペンダントを投げ捨てたのは

ミナだ。いくら親しいとはいえ、王が謝るのは

筋違いも甚だしい、だが、王はひたすら

すまないと繰り返すばかりだ。

「頼む、王頼むから、俺にわかるように説明してくれ」

「今は……無理だ」

苦悩に満ちた表情で首を振る同僚の姿に

佐々木はますます訳が分からなくなる。

「なんでだよ」

「まずは身体を治してくれ、佐々木」

「……」

「たっぷり寝て、食べて。熱が下がったら必ず

全部話すから」

「わかった、約束だ」

そう言った佐々木の手をしっかり握って

王は頷いた。



続く








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