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第一話 蒼い空の下で

木之口繭との悲しい別れから10年後、佐々木はカリフォルニアの病院に

精神科医として留学していた。専門医の資格取得のために勉強と勤務に励む佐々木

そんな彼にやたらと攻撃的な態度を取る内科女医がいた。


http://ncode.syosetu.com/n5578j/ の小説の第二部になります

単体でも楽しめますが、できればこちらを読んでからこの小説を

お読みください


なぜめぐり合うのかを私達は何も知らない

いつめぐり合うのかを私達はいつも知らない


―― 中島みゆき 「糸」 より――



灰色の重く冷たい鉄の扉を開けると、

身体が染まってしまいそうなほどの蒼い空が目に飛び込んでくる。

五階建ての病院の屋上はぐるりと高いフェンスに囲まれているとはいえ、

幾つもの扉でしきられた建物とは比べ物にならないほどの開放感がある。

佐々木は大きく空に向かって伸びをすると、

そのまま傍らのベンチに身体を投げ出すように座った。

少し裾の長い白衣の裾が空に向かって翻り、

胸元で銀色のチェーンに通された細いリングが揺れる。

しばらくそのままの姿勢で空を見上げていると、

強張っていた身体が徐々にほぐれていくのが判る。

それが気持ち良くて、少し遅れて屋上に上がってきた同僚のワン

同じようにベンチに身体を投げ出しても、

しばらくの間はその姿勢のまま無言でいた。

「……ここの空はいつみても身体が染まってしまいそうだ」

ようやく口から滑り出たのは、久しく使っていない日本語だった。

「用能理解的言词说(俺に意味がわかるように話せよ)」

返された中国語に、佐々木は苦笑する。

「It seems to dye the body to the color of the sky.

君が中国語を喋れるなんて初めて知った」

「この位が精々だ。俺はアメリカ人で、

生まれも育ちもここ、カリフォルニアだからな」

ふん、と胸をそらした王に佐々木は苦笑を深くする。

「たまには日本語を使わないと忘れてしまいそうなんだよ」

「そろそろ日本が恋しくなって、ここを逃げ出したくなったか

ブラック・ジャック」

にやりと笑う王に、佐々木はため息をついて身体を起こした。

「そのあだ名はやめてくれと何度も言っているだろう」

「いいじゃないか」

同じように起き上がって、王は頭一つ背の低い佐々木の長い髪を

ぐしゃぐしゃとかきまわす。

「日本から来た、顔に大きな傷のある医者。そのまんまなんだから」

「俺は彼みたいな天才じゃないし、外科医でもない。

まだまだ駆けだしの精神科医だ。それにここを逃げ出したいとも

思ってないよ。日本にいた時も同じような病院に勤めていたんだから」

生真面目な答えに今度は王がまいったなと言う風に苦笑を浮かべた。

「本当にまじめだな、ブラックジャックは。でも時には肩の力を抜かないと

ある日突然ぽっきりいっちまうぞ、ほら、とりあえずこれでリラックスしろ」

と差し出されたのは、油染みの浮き出た紙袋だ。

「……また院長にドーナツを押しつけられたのか?」

ああ、と頷いて王は紙袋の中から粉砂糖のたっぷりまぶされた

大きなリング型のパンを掴む。

「昼飯、まだ食べてないんだろう。手っ取り早く糖分とカロリーを

補給するには一番だ。まだ一日は長いんだからな」

「ありがとう」

礼を言って佐々木も同じように袋の中からドーナツをつかみだした。

と、

「姿が見えないと思ったら、こんな所でサボっていたのね」

声と共に灰色の扉が勢いよくあいて、白衣をはおった長身の女性が

これまた勢いよく二人に向かって歩いてきた。

あるかなきかの風に、ショートカットの黒髪が揺れている。

「ミナ、俺達のどこがサボってるんだ。

労働者の正当な権利、ランチタイム中だぜ」

王の言葉にミナと呼ばれた女性は、猫を連想させる

美しいが、鋭く強い光をたたえたアーモンド形の瞳で二人を睨みつけた。

「看護師たちが呼んでるの。受け持ちの患者さん達が急変したそうよ

それでもランチタイムを続行したいならご自由にどうぞ」

「おいおい、それを早く言ってくれよ」

王が慌てて手の中のドーナツを口の中に押し込み、佐々木もそれに倣う。

「ポケベルじゃなくて、内科医が直接呼びに来たんだから

その位の緊急性は察して頂戴。ブラックジャックなんてあだ名をつけられているのなら

余計にね」

その言葉に、佐々木は首をすくめた。

それをちらりと一瞥すると、ミナは来た時と同じように背筋を伸ばして

勢いよく去っていく。

「相変わらずきついなあ、ハーカー先生は。子供にはとっても優しいんだけど

どうしてだろう」

「ブラックジャックがなにか誤解されるような事を言ったんじゃないか、

こっちの女性はセクハラには厳しいぜ」

肩をすくめる王に、佐々木はドーナツを咀嚼しながら深くうつむいた。

「……英語がまだよく理解できない時に、表現を間違えたかな」

「おい、冗談を本気にするなよ。言葉が通じないと言ったって

ブラックジャックほどの奥手は見たことないから安心しろ。

まあ、我が従姉妹ながらミナは少々じゃじゃ馬だからなあ、

機会を見て注意しておく。さ、いこうぜ」

「王、頼むから俺をブラックジャックと呼ぶのはやめてくれ」

「いいじゃん」

ベンチから勢いよく立ちあがり、王はもう一度佐々木の長い髪を

思い切りかきまわした。

「佐々木も兵衛も呼びにくい。ブラックジャックのほうがずっと格好が

いいじゃないか」

そう言って歩きだした王の幅の広い背中に、佐々木はそっとため息をつく。

病室へと続く階段を駆け降りる二人の後ろで、蒼い空が重い音を立てて閉まる

鉄の扉の向こうに消えた。





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