3
私は妻の故郷に来ていた。
田舎という程の田舎ではない。関東圏にあり、小さな町の周囲に田や果樹園、牧場、東部の山沿いには馬場もあり、高架を通る一両電車から見下ろせた住宅街の中には畑も散見され、最寄りの私鉄の駅舎は吹けば飛ぶような造り。
どこにでもある田舎町だ。
ただし最近の疎開気運で、人口は少し増えているようだ。
無理な引っ越しが重なると私物の不要品も増える。駅前のシャッター商店街ではバザーも行われていた。
過疎地に活気が戻りつつあるのかもしれない。関心は無いが。
「ウダ・カズオ」
その男は妻の幼馴染みだ。中学まで同じ学校に通っていた。1月程前に同窓会があり、妻は数年ぶりに子供達ここに帰っていた。
私はその頃、任務で離島で米韓軍も交えた連合部隊と交戦し、苦戦し、把握しきれていなかった。
半島支部からの増援でなんとか任務は達成できたが、私が離脱した後にヤツらの内2体が離島に上陸し、残存部隊は壊滅させられ、半島支部の幹部が1体倒されらしい。
キングハクサイ・ゲノムディア! 我らが同志よっ、合掌せざるを得ない。
命懸けの仕事だ。
・・ウダ・カズオ。間男めっ!
私は、調査を開始した。
まず義妹を監視する。
「似ている」
口の中に囁くように呟く。掃除はされていないので、背広を汚さぬ為、私はまた全裸で、妻の実家の1階の天井裏に潜み、いくつか穴を空けて平日に休暇を取っていた介護士の義妹を見ていた。
義父母は義妹の夫と畑で作業している。妻より早く結婚し子供は3人いるが、全員登校登園中だ。
遅くまで寝ていたらしい義妹は眠気覚ましに鼻歌交じりに昼間から風呂に入ろうとしていた。
30代後半の義妹は妻より若く、3児を産みながらも瑞々しさを残した体型をしていた。青くはない。完熟でもない。程好く熟した果実のような身体と評するべきだろう。
煮豆缶で評価するならば、段ボール2箱程度の価値がある。
私は、段ボール2箱分の煮豆缶に値する妻に似た義妹の脱衣を天井裏から監視していた。
その時、
「っ?!」
まさかっ、私は息を飲んだ。義妹は上機嫌で眼鏡ケースのような物の中から卵程度の大きさのコード付き性玩具を取り出し、粘りのありそうな透明の液体を入れたドレッシング容器のような物と共に風呂場に持ち込もうとしているっ!!
「・・バカなっっ」
どれだけ義妹は休日を謳歌しようとしているのかっ? いつ畑から義父母や、あるいはなんらかの事情で早退した子供達が帰ってくるかわからないというのにっっ。
早婚し3児を儲けた妻に似た義妹の底知れぬ欲望に私は圧倒され、これ以上は私が間男の謗りを受けかねないと、洗面所の天井裏から退散した。
義妹はお楽しみで当分、風呂から上がるまい。私は勝手が違うので点検口を壊さずに開けるのに手間取ったが、1階に降り立った。
埃や汚れ、蜘蛛等は全身から加減した溶解液を出して分解する。すぐに気化する、足裏は片足ずつ上げて処理した。換気すれば問題無い。
義妹にウダ・カズオに繋がる目立った動きは無かったが、次の対応は決まっている。私は素早く2階への階段を駆け上がり、妻の部屋に入ると、押し入れを探り、中学の卒業アルバムを手にした。
開いて見ると、クラス一同の写真の中にウダ・カズオを見付ける。
「凡庸な・・」
どうということはないニキビ面の小僧だった。
中学時代の妻の写真もあった。
「・・・」
今からは想像できないキノコのような髪型をしていて、少しぽっちゃりとしていた。
「非凡だな」
夫として、煮豆缶1箱半の価値は見出だすべきだろう。
私はさらに押し入れを探り、ついに中学の連絡網を見付けた。
妻のスマホにはなかったウダ・カズオの住所を把握した。
私は服を着て、風呂場で義妹が事に及んでいる妻の実家を出た。
ウダ・カズオの家は酒屋である。疎開で人口が増え、配達が増えたからか? 裏手の駐車スペースに2台停まっていた痕跡の車はどちらもなく、先代と思われる祖父母が店番をしていた。
ウダ・カズオの父が店を継ぎ、ウダ・カズオは見習い中。といったところか?
車庫側では長いリードに繋がれた犬がいた。犬は吠える。私に限らないが、以前は侵入地で犬を見たら必ず吠えるのですぐ殺していたが、死体を残しても消しても不自然になり、死に際に鳴くことがある。
さらにイヌ・ゲノムディア他数名が組織内で抗議活動をし、内部抗争に発展しかけた為に技術部が睡眠薬ジャーキーを開発していた。
私はそれを遠目に放って食べさせ、犬を眠らせた。
「この飼い犬めっ」
眠りこけた犬を決して反論できない言葉で罵倒し、私はウダ・カズオの実家の居住スペースになっている母屋の2階に、網戸になっていた窓から侵入した。