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どうにか夕飯に間に合った。
「今日、学校どうだったの? 芋育ててるんでしょ?」
妻も仕事帰りでレディーススーツのジャケットを脱いでベルトを外しただけの格好だった。時間がなかったんだな。
今では高価になってきた、娘の好きなアボカドのシーザーサラダを取り分けてやっている。
「芋じゃないよ、カボチャだよ。別に普通。輸入が難しくなってきたから自作しましょう、だってさ。バカみたい」
小学校高学年の娘は反抗期に入りつつある。だが、出されたアボカドのサラダは美味そうに箸で食べ、可愛い子だ。
「ボク、算数の小テストバッチリだったよ! 後で見せるねっ」
「あらぁ、賢い!」
「へっへっへっ」
タツオは成績がいい。将来が楽しみだ。唐揚げもたくさん食べなさい。
ああ、家族の暖かな会話と食事、癒される。満たされる。
「・・ふふ」
まだ服を調達していない私はマンションの天井に開けた穴からそれを覗いていました。
私は軟体化できるから、この隙間からいつも見守っているよ。
妻は風呂の掃除は朝するタイプだから、皆が眠ってから。私も入るね。今日は、私も疲れたから。今使ってる入浴剤、好きだよ? 私の好みを気にしてくれて、ありがとう。
愛しているよ、私の家族。
翌日、家族が出払うとすぐ外せるように手を加えた点検口から私は軟体化した身体で通り抜けて部屋に降りた。
天井の隙間は私が掃除をしているので私は何も汚れていない。
「ミャーオ」
猫のチャコがすり寄ってきたので頭や顎を撫でてやり、棚から減塩煮干しを3尾取って食べさせる。
私は部屋の一番大きなソファに細工をしていて、カバーを取ると収納ケースがいくつも収まっている。
私はその1つから着替えを取り出して下着とシャツとスラックスを着る。コロンを振り、整髪料で髪を撫で付ける。
「食事を取るか」
組織の培養食は完全な栄養価を持っているが、製造施設を知る者ならばアレだけで済ます気にはそうならないだろう。
私はまずチャコに煮干し以外にも餌をしっかりやり、手を洗ってからソファの収納ケースから煮豆缶とポークランチョンミート缶を取り出しキッチンに向かった。
ケチャップ、ウスターソース、顆粒コンソメ、あとは適当なスパイスで炒め煮にする。
飲み物は収納ケースからハーフボトルのワインを取り出す。
「頂きます」
しっかり一礼してから食べる。実家は古い家で厳しかった。
「・・・」
美味い。問題の無い食事だ。我が家で食べると格別だ。この食事の為に、ドブ浚いのような任務に従事しているといっても過言ではない。
「御馳走様でした」
また一礼。食器や調達器具を片付け、私はソファに座ってテレビを点けた。チャコが膝に乗ってきた。抵抗はしない。
テレビでは昨夜の薬学研究所の襲撃は爆発火災事故と報じられ、特殊部隊の被害は全く別所のテロによる物と報じられていた。
国の施設が我々に潰されたと報じるのは面子やパニック防止の為にはばかられたのだろう。
チャンネルを変えるとこのような世相でも芸能人の醜聞や色恋が報じられていた。再放送のドラマや洋画、教育番組も何事も無いように放送される。
BSでは時代劇やアジアドラマ、紀行番組、通販番組等が放送。
もう一つだな。
私はテレビを消し、普段使い用のスマホを収納ケースから取り出すと、動画投稿サイトで釣り動画や煮豆の調達動画をしばらく見た。
我々に関する陰謀論動画やヤツらに関する動画もあったが、いずれも低レベルのソースだ。一部関係者からのリークらしき物もみられたが、情報部の対応案件だ。全て、無視する。
釣り釣り釣り、豆豆豆。鑑賞する。
「・・飽いた。出勤するか」
私はチャコに退いてもらい、ソファに置いたジャケットを着込み、革靴と腕時計とクラッチバッグを収納ケースから取り出した。
ヤマダ・ダイスケは市役所勤務。この町の市役所の天井の隙間も掃除済みだ。しばし、市民の生活を見守るとしよう。
私は纏わり付くチャコを踏まないように配慮しつつ出掛けようとしたが、ふと九州の飾り皿の置かれた棚に妻のスマホが置き忘れられているのに気付いた。
私は身体を軟体化して棚にへばり付いた。
チャコが恐れて隣の部屋に逃げていった。
「こっ、これは妻のスマートフォンっ! 2ヶ月ぶりにっっ、妻のスマートフォンを手にする機会がっ! 僥倖だ・・」
私は軟体化て伸ばした指で当然暗記している妻のパスワードを入力した。
存外、子供達と田舎の妹以外とはやり取りしていないショートメールSNS、メール、通信会社のショートメール、何も投稿していない閲覧用のSNSや動画投稿サイトの閲覧履歴、通話歴、いいね等のリアクションの動向、確認する。
「・・っ!」
最近、ウダ君とはどうなの?
義妹からのSNSにそう1文があった。妻はうやむやに返信して、話題はそれきりだ。
「ジュゥゥゥッッ!!」
思わず人間の姿を解除してゲノムディア化してしまいそうになる。
これはっ、調査が必要だっっ!!!
「妻がっ、不倫をしている可能性があるっっ」
私の哀しみと当惑は、魂が軋み上げるようであった。