第14話、最強の美少女
玲央と友達になった三限の体育は何事もなく終わり、あれから主人公である布施川頼人と接近する展開にもならなかった。
玲央は本当に立ち回りが上手かった。俺と布施川頼人の間で絶妙な距離感を保ちつつ、友人として親しげに話しかけてくれる。
これなら布施川頼人と距離を置きつつ、玲央と仲良くなる事は不可能じゃない。俺が悪役の立ち位置を脱却する為の光明が見えてきたのを感じていた。
そうして午前の授業が終わり昼休みを迎える。
今日も主人公である布施川頼人は弁当を片手にヒロイン達を連れて屋上へ向かった。玲央はバスケ部の友人と一緒に他のクラスの教室へ。
モブキャラ達と共に残された俺は教室で弁当を頂く事にする。
ランチクロスに包まれた手作りの弁当を机に広げる。朝早くから準備していた事もあって美味そうな出来栄えになっていた。
さて、何から食べようか。
昨日作ったハンバーグか、それとも卵焼きから食べるべきか。ううん、やっぱりプチトマトから――。
箸を伸ばしかけた時、突然教室に黄色い声が響き渡った。
それはモブキャラ達が物語を彩るヒロインに視線を奪われて上げる歓声だ。しかし主人公である布施川頼人はヒロイン達を連れて屋上に行っているし、ヒロインを張れるような他の美少女がモブキャラだらけになったこのクラスに現れるとは思えない。
一体何があったのか、そう思って顔を上げた瞬間だった。
「うお……っ」
思わず声が漏れる。
目の前に広がるその光景は悪役である俺にとって眩し過ぎたのだ。
美しい少女だった。さらりとした光沢のある柔らかな長い黒髪、星のように煌めく青色の大きな丸い瞳を長いまつ毛が彩っていて、桜色の唇は艶を帯びて潤っている。
その顔立ちは精巧に作られた人形の如く整っており、滑らかで白い肌には染みひとつなく、手足はすらりと細くしなやかだ。しっかりと着こなした制服が彼女の清楚で可憐な姿を更に引き立てる。
主人公が引き連れる三人のヒロイン達を遥かに凌駕する程の、最強の美少女がそこにいた。
そして身に纏う雰囲気は凛としていて、彼女が一歩踏み出す度に生徒達の口から溜め息にも似た声が上がる。空気が変わった、その時本当にそう思った。
とてつもない美少女の登場に誰もが目を丸くして、クラスに残ったモブキャラ達は羨望の眼差しを向け続けていた。
(おいおい……ちょっと待て。どうして主人公の居ないこの空間に、最強だって素直に思えるような美少女が現れるんだ?)
その困惑は更に渦を巻いていく。
何故なら彼女は周囲の反応を一切気にする事もなく、俺の席の前で立ち止まったのだ。そして鈴の音のような綺麗な声で紡がれた言葉は、間違いなく俺に向けられたもので――どうした事か俺はその声に聞き覚えがあったのだ。
「やほやほっ、龍介。遊びに来ちゃった」
最強の美少女は俺を見つめながら、にひひと無邪気な笑顔を浮かべた。
「は? え? お? あ!!??」
「ちょっ……そんなびっくりすんなしっ。髪を黒く染め直して、サイドテールにしてた髪を下ろして、メイクちょっと薄くしただけじゃんっ」
驚きのあまり言葉を失う俺を見て、最強の美少女は不満げに頬を膨らませる。
何がどうなっている。昨日までのお前は、全然違ったはずだ。
「……ま、真白!?」
そう。
彼女は甘夏真白――俺と同じ悪役の、昨日までギャル系女子だった彼女が、このラブコメ世界でぶっちぎりの最強美少女となって俺の前に現れたのだ。