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無力

作者: 宵待 黒

彼女が、こんなにも泣いているのに僕には何もできない。

だからと言って、自分の無力感から命を投げ出すなんて彼女に顔向けできないなんてどころではない。


高校の頃に初めて彼女というものができた。

世間が青春と呼ぶこの時期に彼女と過ごせたこと。

奇跡ともいえるようなそんな時間が長く続くはずなどあるはずもなかった。


大学に向けて勉強が本格化してきた3年の夏。

彼女が倒れた。熱中症かと思われたその異常事態は、想像することもできないような最悪の形で正体を明かす。

余命宣告を聞かされた。2年後に生きている確率は30%ほどらしい。

彼女は顔をくしゃくしゃにしながら教えてくれた。彼女のそんな表情を見たこともなかった。

いつも明るく笑顔で、誰よりも生きることが好きだった彼女が泣いているというのに。

なんて声を掛けるべきか分からなかった僕はただ、静かに傍に立っているのが精一杯だった。


それからというもの、彼女と学校で過ごすことなど夢のまた夢になってしまった。

一日のほとんどを検査などで過ごさなければいけなくなった彼女は、病院から離れることが出来ず、勿論のことながら普通の学生生活など…


気を遣っているのか、僕の前では笑顔を浮かべてくれていることが多いが、病院に顔を出したとき、独りで泣いているのを見てしまった。

死にたくない、死にたくない。そう言いながら嗚咽を漏らす彼女の姿を見て、自分の無力さに打ちひしがれた。

しばらくもしないうちに、彼女は日記をつけ始めた。

やることがないから、なんかやりたくなってね。そう語ってはいたが、その日記のページの端が滲んでくしゃくしゃになっているのが視界に入った。


一日たりとも欠かさず病院に顔を出す僕に彼女は、勉強大丈夫なのなどと言ってくれた。

したい仕事も、そのために行きたい大学もあるんでしょと、諭すように言う彼女は、大学など通えるはずもなかった。


いつも彼女の見舞いに向かうと、来てくれるだけで元気が湧いてくると言ってくれていた。

そんな彼女が元気をなくしていく様は、身を割く思いで胸をいっぱいにした。

冬になり、体調の悪化を理由に合うことが出来ない日が数日続いた。

どれだけ受け入れたくない現実があっても、世界は徒然と時を刻む。

月日の経過は、気温だけでなく、彼女の容姿にも表れ始めていた。

久々に見た彼女は、薬の副作用で髪は抜け始め、可愛い笑窪を浮かべていた頬はこけていた。

いつものように会話できていたか分からなかった。

なるべく顔に出さないようにと心がけていた本心は、伝わっていないだろうか。

そんな不安をよそに、彼女は楽しそうな雰囲気を作ろうとしてくれていた。

その気持ちに答えようと、いつもより話す僕の姿は多分空回りという表現が適切だった。


春になり、病院の庭から見える櫻で二人で花見をした。

楽しく話していた彼女の目には桜が花びらを散らし空に舞っているのが映っていた。

穏やかな気温のおかげか、少しだけ楽になったように見える彼女にどこか安心感を覚えてしまっていた。

彼女の両親から、あの話を聞かされるまでは。

彼女の病状は悪化の一途を辿っていて、もはやかなり強い薬でないと効き目がないのだと教えられた。

自己嫌悪なんてしてはいけない。僕の事を心配させないように、近づいている死の足音を感じさせない振る舞いをしている彼女の努力を無駄にしてしまうから。


夏になり、さらに状態が悪くなっていた彼女は、逢いに行っても寝たきりでいることが多くなっていた。

それでも、毎日のように顔を出した。

少しでも彼女のためにできることがあればと思っていた。



秋になり、面会することすらできないような日が多くなった。

次第に近づいてくる彼女の死を、いまだに受け入れられないでいた。


秋の終わり、冬の初めに。

一日彼女と話すことが許された。

彼女から、後に残す日記の事や、昔の楽しかった思い出、いろいろな話を聞かされている間。

何もできないでいた僕は、依然として無力だった。

話す際中泣きそうになっていた彼女だったが、別れの時は笑顔を浮かべていた。

辛いだろうに、笑顔を向けてくれていた。

最後の記憶が、笑顔で残るように。


冬が来る頃、彼女が死んだ。

ベタなことが嫌いだと言っていた彼女が、僕に手紙を残してくれていた。

手紙には、感謝が綴られていた。

支えになっていたと、いつもありがとうと、これからの人生を私の分も生きてくれと。

分かっていた。涙で滲んだ文字や、言うことを聞かない体で書いた文字。そのすべてから、死にたくないと聞こえるようだった。

分かっていた。本当は何もできていなかったこと。支えられているはずなんてなかったこと。

分かっていた、つもりだった。

失って初めて人は気づくというが、何も気づけていなかった。

その時、本当に自分がいかに無力だったのかを知った。


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