第一章 見えない螺旋
今日も、かすれて、一秒前よりも確かにかすんで逝ってしまうのだろう。過ぎゆく螺旋を振り返ることが出来るのならば、叶うのならば、明日という日を生きたいと思えるのか。
一章 見えない螺旋
「きょ、今日から皆さんの担任になる『小林 真冬』です!
今年で2年目になります!担当教科は数学です!みっ、皆さん仲良くしてください!」
2年目とはいえやはりこの瞬間は緊張するものなんだと痛感されられる。担任という立場は初めてだから尚更だろう。
生徒らの質問にいくつか答えた後、各々に自己紹介をさせた。今年も皆の名前を覚えきれるかという不安にかられながら生徒らの自己紹介を聞いていると一人、気になる子がいた。
『古橋尽』君、彼だけが他の人達より一際暗く、重々しい雰囲気を纏っているように見えた。そうゆう子は決して珍しくはないのだろうが、何故か気になったままだった。
夜、自宅に帰り作り置きしておいた夕食を食べながら、
「はぁ〜疲れたぁ 初日から残業なんてブラックすぎ〜!」明日の学力検査用の生徒名簿作成なんて、今どきコンピューターに任せればよいのではないだろうかとは思うが仕事なので仕方ない。「それにしても古橋君、随分と暗い子だったな、自己紹介も名前言っただけだったし、一日中誰とも話してなかったし。」そうゆう子は、特別珍しい訳では無いのだろうが、家に帰っても謎の不安は残っていた。「しばらく様子、みてみようかな、」
一週間が過ぎた。クラスの大半の人達は、だいぶ慣れてきたのか皆毎日楽しそうだ。なかには一人で静かに本を読んだり勉強したりしている子もいるが皆楽しそうだ。 だがやはり古橋君は誰とも交流をしようとしなかった。クラスのグループ活動にも基本無関心で発言をしない。その為か彼の周りには誰として人が寄らなかった。
5時間目、「この前の学力検査の結果で特に優秀だった上位3人を発表しまーす。1位,古橋尽君!」「……はい。」クラスがザワつく。「え!古橋君すごーい!」「アイツあんなに頭よかったんだ」
「ほらほら皆静かにー!えーっと、2位は――――――」
休み時間、尽の机にたくさんの生徒が押し寄せる。
「古橋頭良いんだな〜」「カッコイイ〜」皆が口次々に言うなか「別に。どうでもいい」、と尽が無情で冷淡にピシャリと言い切ったことで周りの空気が一瞬にして冷めきり皆散っていってしまった。私はそれを教室の扉からそっと見ていた。
職員室にて、「いやぁ〜2組の古橋尽は天才ですなぁ」と国語の山川先生が私に言う。「凄いですよね〜、でも本人はあまり気にしてなかった様子ですね。」「全教科満点偏差値は75超え、もっと誇っても良い結果だとは思うのですけれどね、」
確かに山川先生の言う通りだ。古橋君が謙虚なのか、それとも本当に興味がないだけなのか、どちらにせよ、素晴らしい結果なのだからもっと自信を持ってもらいたいのは私も同じだ。 放課後教室に忘れ物を取りに戻ると、そこには古橋君がいた。「あれ?こんな時間までどうしたの?」「いえ、別に。家に帰りたくなかったからここで勉強していただけです。」「あ、そうなんだ〜あんまり遅くなりすぎないようにね?」
「はい、」その時、彼は一瞬とても哀しい顔をした。私が不思議に思って立ち止まっていると、「?どうかしたんですか?」「あっ!いや、なんでもないの!それじゃあねっ」そう言い、私は教室を出た。彼は何かしらの悩みを抱えているのではないか。家に帰りたくないと言う発言、そしてあの哀しい顔から察するに何かしら悩みを抱えている可能性は大きい。ただ、私が踏み込んでいい問題かどうかの線引が非常に難しい。もし家庭内の問題だった場合、一教師の私に出来ることは極端に限られてしまう。とにかくまずはは彼と親しくなることが先決だと結論を出した。彼のことを知れれば自ずと彼の心の悩みも見えてくるかもしれない。
私が在任するこの城余高校では、生徒全員の部活動入部が義務付けられており、入部拒否等をした場合は適当な部に強制入部させられてしまうのだ。私が担当する部は『勉強部』。その名の通り放課後、自学自習をするためだけの部である。だが当然入部する生徒は少なく、そもそも今までよく廃部にならなかったなと感心するほどに人気のない部活である。今年は私一人が担当することになってしまったのだ。入部員生はどうせゼロだろうともとより期待はしていなかったがただ一人だけ入部員生がいた。古橋尽君だ。「いや〜嬉しいよ!一人でも入部員生がいてくれるだけで寂しくないし!」「……俺は人が少なくて勉強ができるここの環境が気に入っただけです。」まあ、理由に関しては大方予想はついてはいたが。だがこれも彼と親しくなれるチャンスなのだ。 そうして彼は勉強に、私は仲良くなることに集中する日々が始まった。
最初こそ全く心を開いてくれず毎日毎日無視され続けていたが、一ヶ月程過ぎた頃にようやく話をしてくれた。彼は意外にも心を開いてくれさえくれればとても優しい普通の男の子だったのだ。部活で仲が深まったこともあって普段の学校生活でも私にはよく話しかけてくれるようになった。それもあってか、いつの間にか私も彼と話すことが楽しみになってきていた。彼と話せる放課後は日頃のブラック残業による身体的かつ精神的な疲労をも忘れさせてくれるほどに心地の良い時間となっていった。