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8.撤回はしない

 不意な質問に思わず声が漏れる。

 私は思わず、彼のほうを振り向いた。

 彼はニヤリと笑みを浮かべている。

 生暖かく、私の心を探るように。


「……どういう意味ですか?」

「深い意味はないよ。この学園で、何を学びに来たのかなと思っただけさ」

「……もちろん、知識です」

「知識か。うん、そうだね。けど君は、もう十分に持っているんじゃないのかな?」


 立て続けの質問が私に襲い掛かる。

 彼はじっと私を見つめ、私がどう答えるのかを見定めているようだった。

 理由はわからない。

 けれど、疑われているのは察した。


「この授業だってそうだろう? 君はさっきから授業内容を聞いていない。それは聞く必要がないほど熟知しているからだ」

「……あなたが話しかけてきたからでしょう?」

「ははっ、先に質問したのは君のほうだよ」

「……」


 そうだった。

 私のほうから探りを入れて、結果突き詰められている。

 墓穴を掘ったのは私だ。

 今さら後悔しても手遅れ。

 なんとかして、この不思議な時間をやり過ごす。

 できるだけ彼の……私に対する興味を削いで。


「魔法の基礎は大切ですので。ただ……改めて聞くほどでもなかったと今は思っています」

「そうか。じゃあ私と同じだね。私も復習するつもりで足を運んだ。そしたら君を見つけて、興味は完全に移ったよ」

「私はただの新入生です」

「そうかな? 私にはとても、只人には見えないけど……」


 彼の瞳が私を捉え続ける。

 この人は危険だ。

 勇者五人の中でも、この人は何を考えているかわからない。

 そういうキャラクターとして登場し、時に主人公たちを疑心暗鬼に導くことすらあった。

 途中まで魔王に与する裏切り者のように振舞い、最終的には主人公たちの味方をして勇者となったキャラクターだ。

 彼がなぜ裏切り者として振舞っていたのか。

 その真意は、原作の中でもなぜか明記されていない。


「あなたこそ、何者ですか?」

「私はさっき名乗ったよ」

「なら私も、答える必要はありませんよね?」

「……」


 お互いに名前を知っている。

 だから何者かなど、聞くまでもない問いだろう。

 セイカの表情がわずかに曇る。

 おそらく私も。

 私が秘密を抱えているように、セイカも何か隠している。

 本の中では語られなかった何かを。


「――本日の授業はここまでです。皆さんお疲れ様でした」

「おっと、いつの間にか授業が終わってしまったね」

「そのようですね」


 助かった。

 これ以上彼と話していたら、確実にぼろが出る。

 すでに私への興味が膨らんでいる状態で、新たに情報を与えるわけにはいかない。

 興味を削ぐという目的こそ果たせなかったけど、今はこの場から立ち去るほうが先決だ。

 私はそうそうに立ち上がり、教室を出ようとする。

 

「スレイヤ・レイバーン」


 セイカが私を呼び止める。

 ピタリと立ち止まり、その場で振り向くと……。


「また、同じ授業を受けられることを期待するよ」

「……そうですね」


 私は立ち去る。

 教室を出て、なるべく彼と距離を取るように廊下を歩く。

 本当に不思議な人だった。

 本の中でもそうだったけど、実物はもっとミステリアスだ。

 何を考えているかさっぱりわからない。

 最後のセリフも、何か聞くわけでもなく、単なる別れの挨拶だった。

 ただ……去り際に見せた彼の笑顔は……作り物みたいで気持ち悪かった。


「今後は彼の行動も警戒しないといけないわね」


 私はぼそりと呟く。

 彼と同じ授業を受けないようにする。

 授業開始ギリギリまで教室には入らず、彼がいないことを確認してから参加するようにしよう。

 面倒だけど仕方がない。

 また彼と隣の席になってしまえば、それだけで関係は進む。

 彼らと関係を持つことはそのまま、魔王と関わる未来へ通じてしまう。

 私は魔王に勝てるように修行した。

 戦って勝つ自信はある。

 だけど……必ず勝てる戦いなんて存在しない。

 万が一にも負けたら……私の人生は終わる。

 ならば関わらず、ひっそりと全てが終わるまで傍観するほうがずっといい。


「スレイヤ」

「――!」


 だから、お願い。

 私には関わらないで。


「やっと見つけた」

「アルマ様……」


 関わりたくない相手その二がやってきた。

 私の、昨日までの婚約者。

 破棄したばかりでしばらく関わってこないだろうと思っていたのに。

 私のことを探していたの?


「何の御用ですか?」

「昨日の件で、話がある」


 婚約破棄を告げた話のこと?

 私の態度が気に入らなくて文句を言いに来たのかしら?

 だとしたら滑稽だわ。

 私は罵倒されることを覚悟し、言い返す準備をしていた。

 だけど彼は真剣な表情で、縋るように言う。

 

「スレイヤ……婚約の破棄をなかったことにしてくれないか?」

「え……?」


 思いもよらぬ発言に、私は固まる。

 婚約破棄をなかったことにしたい……?

 今、彼はそう言ったの?


「……聞き間違いでしょうか? 私と婚約し直したいと言っているように聞こえましたが」

「そう言っているんだ。スレイヤ」


 二度、驚く。

 しかしすぐ冷静になり、彼に問う。

 

「どうして? あなたは彼女に一目ぼれしたのでしょう?」

「確かに見惚れたことは認めよう。だが恋愛感情が芽生えたわけじゃない。君の言葉を受けて改めて考えた。やはり僕の婚約者は君だ」

「……」

「もう一度、僕と婚約してほしい」


 彼はまっすぐ私の瞳を見つめながら手を伸ばす。

 廊下の真ん中で、他の生徒たちも見ている中で恥ずかしさもなく。

 数秒、静寂を挟む。

 驚きはしたけど、私の答えは決まっている。


「撤回するつもりはないわ。私はもう、あなたの婚約者じゃない」

「っ……」

「お別れなら、昨日済ませたはずよ」

「スレイヤ!」


 呼び止める彼を無視して、背を向け歩き出す。

 追いかけてはこない。

 彼はきっと、私が振り返るのを待っている。

 だから振り返らない。


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