2.定められた運命
光の聖女と五人の勇者。
それが、私が大好きだった本のタイトルだった。
物語のメインの舞台となるのは、王都にある学園。
主人公は平民ながら聖女の才能をもって生まれ、学園に入学してから後に勇者と呼ばれる男性たちと運命の出会いを果たす。
紆余曲折、様々な問題を持ち前のやさしさと正義感で解決。
最初は敵対していた者たちとも仲良くなり、最後は共に協力して邪悪な魔王と戦う。
しかも討伐するのではなく、魔王すら救ってしまう。
誰も不幸せにならないハッピーエンド。
ただし一人だけ、幸せになれなかった登場人物がいた。
それこそが……。
「今の私……」
寝室の鏡の前で何度確かめても、私がスレイヤである事実は揺るがなかった。
本に記されていた特徴と全て一致する。
何より、頭の中に流れ込んできた記憶が、私が私であることを証明していた。
「はぁ……」
私は大きくため息をこぼした。
おそらく前世も含めて、これほど落胆した記憶はないほどに。
生まれ変わったことは幸福だ。
役割のある人生がいいとも願ったし、この世界を最後に連想したのも事実。
だけど、よりによってスレイヤはない。
このキャラクターだけはありえない。
落胆していると、扉がトントントンとノックされた。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
女性の声がする。
たぶんこの屋敷の侍女さんだろう。
記憶通りなら、朝は侍女が起こしに来てくれる。
「ええ、もう起きているわ」
「――! お着替えの準備をさせていただきます。入ってもよろしいでしょうか?」
「お願いするわ」
記憶通り、侍女が中に入ってくる。
彼女の名前はルイズ。
私の身の周りのお世話をしてくれている侍女さんだ。
部屋に入った彼女はせっせと動き、着替えを用意してくれた。
私は着替えを手に取り、自分で着替え始める。
「お、お嬢様?」
「どうかしたの?」
「い、いえ……ご自身で着替えられるのです……か?」
ここではっと気づく。
着替えはいつも、侍女に手伝ってもらっていたんだ。
いきなり自分で着替えだして不審に思われただろう。
このキャラクターの性格上、身の回りのことを自分でやるなんて発想はない。
高飛車で自信家で、侍女や平民のことは人間だと思っていないような性格だったから。
彼女が妙にビクビクしている理由もわかった。
普段の私はもっと威張っていて、侍女を馬鹿にした態度をとっていたんだ。
「えー、そうね。やっぱり手伝ってもらおうかしら?」
「は、はい。かしこまりました」
ルイズは慌てて着替えを手伝い始める。
新しい記憶より、前世の記憶のほうが長くて色濃いせいか、誰かに着替えを手伝ってもらうことに歯痒さを感じてしまう。
今の私はスレイヤだ。
スレイヤらしい振る舞いをするべきなのだろうけど……。
「い、いかがでしょうか?」
「ありがとう。ちゃんと着れているわ」
「――! は、はい」
どうしても、スレイヤらしく高飛車に振舞うことはできなかった。
私の態度の変化に怯えながら、どこかホッとしたような表情をルイズは見せる。
普段はもっと急かされ、罵倒されていたから。
こんなにもあっさり着替えの時間が終わり、感謝されることに驚きを隠せない様子だった。
「そろそろ朝食よね?」
「は、はい! ご用意できております」
「そう、じゃあ行きましょう」
一先ず今は、できる範囲でスレイヤを演じてみよう。
もしかしたら本の世界とよく似ているだけで、まったく別の世界かもしれない。
そもそも普通に考えて、本とまったく同じ世界に生まれ変わるなんてありえるのかしら?
偶然似てる名前、似た環境に生まれただけかもしれない。
そう……きっとそうに決まってる。
でなければ私は……。
部屋を移動し、朝食をとる。
朝食の席には私の他に、父と母も同席する。
「おはよう、スレイヤ。昨日もよく眠れたかい?」
「はい。お父様」
「しっかり食べて大きくなるのよ。成長には栄養が大事なんだから」
「そうですね、お母様」
二人は私のことを溺愛している。
唯一の娘であるから、ということもあるけど、単に二人が甘々なんだ。
この二人の甘やかしが影響して、スレイヤは高飛車な性格になってしまっている。
ある意味この両親のせいで苦労させられるのだけど、悪気はないし、単に私のことを大切にしてくれているだけだから恨むこともできない。
「あら、スレイヤどうしたの? なんだか元気がないわね」
「ああ、そうだな。私もそう感じていた」
「大丈夫です。少し考えごとをしていただけですから」
私は笑ってごまかす。
さすが、毎日見ている人たちには違和感を覚えさせてしまうだろう。
やはり私は、本物のスレイヤのようにはできない。
少しずつ、二人にも慣れてもらうしかなさそうだ。
別にスレイヤを演じなくても構わないだろう。
ここは似ているだけで、きっと本の世界とかじゃない。
だから大丈夫。
「心配だな。もしかして、来年から通う学園のことでも考えていたのかい?」
「え……」
「大丈夫よ。スレイヤならたくさん友人もできるわ」
「学園……というのは?」
私は恐る恐る尋ねた。
すると二人はキョトンとした顔を見せる。
「何を言っているんだい? 王立ルノワール学園だよ」
「来年からスレイヤも学園の生徒になるのよ」
二人の言葉に衝撃が走る。
学園の名前は、この身体の記憶にもあった。
だけど考えないようにしていた。
似ているだけだと、思い込むために……。
学園の名前まで一緒で、その他の全ても似ている。
もはや似ている、なんて表現すら足りない。
この世界はやっぱり、本の中の世界なんだ。
だとしたら私は……スレイヤ・レイバーンは……悲劇の死を遂げるだろう。