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15.開き直って

 ここ数日、理解できない行動を多く経験した。

 突拍子のないセリフ、行動に驚かされたことも多々ある。

 だけど、その全てが可愛く見えるほど、予想外すぎて呼吸を忘れた。


「な、何を……」

「お前のことが気に入った! お前のような女こそ、俺の伴侶に相応しい」

「な、な……」


 なんなの、こいつ……。

 驚愕と困惑がセットで頭の中を駆け抜ける。

 握られた手は強くガシッと離れない。

 敵意はなくなっていた。

 私を見つめるその眼から感じるのは、純粋な期待だった。

 意味が分からない。

 頭の中がごちゃごちゃして、思考が迷子になる。

 動揺する私を見て、サタンは首を傾げる。


「どうした? 嬉しくはないのか?」

「あ、当たり前でしょう?」

「なぜだ? この俺の伴侶だぞ? これほど名誉なことが他にあるか?」

「あなたは魔王でしょ? 人類の敵の嫁なんて、不名誉以外の何物でもないわ!」


 頭がパニック状態で、まともな思考は難しい。

 私は感情のままに受け答えをする。

 

「人類の敵? 考え方が古いな。それは過去の話だ。今の俺はお前たちを敵だとは思っていない。お前たちが勝手に敵対視しているだけだ」

「ふざけないで! 敵対していないなら、どうして彼女を殺したの? フレアたちと敵対して……」

「何の話だ? 俺は復活して以降、一度も人を殺していないぞ」

「嘘を――!」


 感情に任せてしゃべり過ぎた。

 自分の発言にハッと気づき、ようやく冷静になる。

 彼の困惑は当然だ。

 私が口にした指摘は、あくまで私が知っている物語の話に過ぎない。

 彼はまだ、スレイヤを殺していない。

 フレアや勇者たちとも敵対しているわけじゃない。


「……なんでもないわ」


 余計なことを話し過ぎた。

 どうやって誤魔化そう。

 というよりこの状況と魔王の求婚……どうやって整理すればいいの?


「お前……何を知っている?」

「……」

「さっきの発言、お前には確信があったな。俺が誰かを殺したと……そんな事実はない。俺自身が一番知っている」

「別の人と被ったのよ。よく似た人を知っているから」


 苦しい言い訳なのは自覚している。

 魔王に似ている人?

 そんな人、いるはずがない。

 サタンはクスリと笑みを浮かべる。


「面白いな。お前は何か知っているのだろう? 俺が知らない何かを……教えてもらおうか?」

「勘違いよ」

「答える気はないか。なら勝手に聞こう」

「何を――」


 こつん、と音がした。

 気づけば彼のおでこが、私のおでこに触れている。

 目が近い、鼻が近い、口が近い。

 息遣いがハッキリとわかる。

 男性の顔がここまで接近した経験なんてなくて、思わずドキッとしてしまう。

 でも瞬時に気付いた。

 私の脳内が覗かれていることに。


「離れなさい!」

「っと、乱暴な奴だな」


 おでこを離した拍子に、握られていた手の片方も離れた。

 未だ右手は握られたままだ。

 触れた相手の情報を読みとる魔法サイコメトリ。

 生物の記憶や情報を読み取るのは難しい。

 けど、魔王ならば造作もない。

 今の一瞬でどこまで覗かれた?

 私はごくりと息を飲む。


「……そうか。お前も転生者か」


 見抜かれてしまった。

 サタンは私の頭を覗いて、私がスレイヤに生まれ変わった別人であることを理解する。

 おそらくその先……今日までのことも。


「一緒にしないでほしいわね」

「確かに同じではないな。俺は過去だが、お前は別の世界からか。興味深い……お前が持つ本の記憶も」

「……」


 当然、本の内容も彼に伝わる。

 私がなぜ彼の正体に気付いていたのか。

 その結末も含めて。

 最悪だ。

 ラスボスに詳細な情報を与えてしまった。

 これでもう、私の生存確率は一気に下がってしまっただろう。


「実に興味深いな。俺の行く末は……破滅か。お前と同じように」

「……」


 どうする?

 諦めて楽になる?

 もう、抗ったところで結果は見えている。

 私は失敗したんだ。

 なら、このままここで……。


「だが気に入らないな。これでは俺は伴侶を見つけられずに滅んでいるじゃないか!」

「……当然でしょ? あなたは世界に喧嘩をうったのよ」

「そこが間違いだ! お前が知る物語の俺とは相違がある! 俺の望みは世界征服でも、人類に対する復讐でもない! 俺が蘇ったのは、永遠の伴侶を見つけるためだ!」

「……は?」


 何言ってるのこの魔王は……。

 諦めから全身の力が抜けた私は、ため息交じりに尋ねる。


「魔王が嫁探しのために復活したっていうの? 馬鹿みたいじゃない」

「どこが馬鹿だ? お前たち人間も、誰かと添い遂げるために生きているではないか。戦いに飽きた俺が種の存続を願うのは生物として当然だろう?」

「じゃあ本当に、嫁がほしくて復活したの?」

「無論そうだ! このベルフィストという男に憑依しているのも、学園ならば相応に相手に巡り合えるだろうという算段からだ!」


 サタンは堂々と胸を張る。

 本気で言っているように見えるのが馬鹿らしい。


「あなたは……どっちなの?」

「どっちとは?」

「サタンなの? それとも……ベルフィストなの?」

「どちらも正解だ。今の俺は、二つの意識が混ざり合っている。こうして話しているのはサタンであり、ベルフィストでもある」


 原作でも語られていたセリフだ。

 彼は私の記憶を見たから、それになぞってセリフを口にしたのだろう。

 その証拠に得意げだ。


「はぁ……その嫁候補が私?」

「そうだとも。俺はお前のことが気に入った。俺を前にしても折れない胆力、その人間離れした魔法の力……まさに俺に相応しい」

「原作では使い捨てにして殺したのに?」

「本の中ではそうらしい。が、お前は違うだろう? お前はスレイヤであってスレイヤではない」


 その通りだ。

 私はスレイヤじゃない。

 スレイヤに宿った別の魂……私は私だ。


「だから、俺はお前を気に入った。スレイヤではなく、お前自身に魅力を感じている」

「私に……」


 スレイヤの中身、私は極々平凡な村人だったわよ。

 一度目の人生も退屈で、世界に何も残せず、誰かの記憶に色濃く残ることもなく、燃えながら死んで行った。

 そんな私に……何がある?

 魅力なんてあるの?

 もし本気で言っているのだとしたら……。


「……いいわよ。あなたの嫁になってあげる」

「ほう。そうこなくて――」

「その代わり条件があるわ」


 私の心は吹っ切れていた。

 諦めも極限に至り、一つの道を見出す。

 もはや予定通りにはいかない。

 本の物語をなぞり、遠くから見守ることはできない。

 私は関わってしまった。

 深く、抜け出せないところまで。

 だったらいっそ――


「私のことを守りなさい! 生涯、寿命を迎えて死ぬまで!」


 この魔王を、利用できるだけ利用してやろう。

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