11.ただのモブじゃない
授業開始のベルが鳴る。
他の授業を受けるから、というのは適当についた嘘だった。
あのまま一緒の授業に参加すれば、フレアや勇者たちとの関係を深めてしまう。
だから逃げてきた。
「はぁ……」
まさか、初日から授業をサボることになるなんて思っていなかった。
大した内容じゃないけど、授業に参加しなければ進級するための加点がもらえない。
なるべくサボらず出るつもりだったのに。
「上手くいかないわね」
私は一人、学園の中庭に訪れた。
学園ほどの規模になると、中庭も貴族の屋敷の敷地くらい広い。
ちょっとした林、いや森だ。
誰もいない木陰でしゃがみこみ、徐に空を見上げる。
雲一つない青空は平和そのもので……だけど、何も起こらない退屈な日常を暗喩しているみたいで、あまり好きになれない。
そうは言っても、何も起こらないほうが好都合ではある。
せめて世界から魔王という脅威が排除されるまで……。
この物語の、エンディングを迎えるまでは。
どっと疲れが押し寄せる。
学園では気が抜けず、常に意識を外に向けている必要がある。
今は授業中、周りには誰もいない。
「少し……」
眠ろうかしら。
そう思った直後、寒気を感じて目が冴える。
ドサッという音と共に、何かが私の前に落下してきた。
一言で表すならば……黒だ。
「イテテ……折れるなよ枝ぁ~」
「――!」
葉っぱのついた黒い髪をわしゃわしゃと触る。
上級生の模様が入った制服を着て、私の前で尻もちをつく男がいる。
どこにでもいそうな特徴と呼べるものがない生徒。
事情を何も知らなければ、無害な一般人に見えるだろう。
だけど、私はよく知っている。
誰よりも思い知っている。
「ベルフィスト・クローネ」
「ん? なんで俺の名前……というか誰だ?」
ようやく彼は私の存在に気付いたらしい。
キョトンとした顔で私を見る。
漆黒の瞳には、私の姿が反射して映っていた。
驚きと警戒。
二つの感情が、瞳に映った私の表情に現れている。
「えーっと……どこかで会ったっけ?」
「……」
「おーい、聞いてるか?」
「……どうして、ここにいるの?」
私は尋ねる。
ゆっくりと立ち上がり、しりもちをつく彼を見下ろして。
「それはそっちにも言えることじゃない? 今は授業中だよ?」
「質問しているのは私よ」
「……怖い顔だな」
彼はよいしょっと口に出し、ゆっくり立ち上がる。
手足についた土や葉っぱを叩き落として。
向かい合うと身長の差がよく出る。
私の顔は、彼の胸あたりに目線がある。
細身だけど高身長で、どこか不思議なオーラを纏っている。
私は警戒する。
いつでも魔法を発動できるように、感覚を研ぎ澄ます。
私が敵意を向けていることに彼も気づいたようだ。
そっと目を細めて数秒経つ。
すると、彼は小さくため息をこぼして口を開く。
「はぁ、ただのサボりだよ。適当に中庭をウロウロしてたら君のところに落ちただけ。それ以上の理由もない」
「……」
やれやれと彼は首を振る。
直感的だけど、嘘をついているようには見えなかった。
本当にただサボっているだけなのだろう。
私と同じように。
「さ、俺は答えたんだ。今度はそっちの理由を教えてよ。見た感じ新入生だよね? ひょっとして迷子にでもなった?」
「……違うわ。私も同じよ」
「へぇ、授業初日からサボるなんてすごいな! これは将来有望になるぞ」
「……」
私はじっと彼を見つめる。
今のところ可笑しな行動は見られない。
警戒は解けないけど、警戒の度合いは下げてもよさそうかな?
頷いていた彼はハッと気づく。
「で、なんで新入生が俺の名前を知ってるわけ? 俺ってそんなに有名だったか?」
「……」
「ひょっとして……」
やはり警戒の度合いはそのままで。
もしも彼が原作通りなら、この場で戦いになることも……。
「俺の隠れファンか?」
「……」
いや、やっぱり警戒しなくても大丈夫かも?
私は呆れて力が抜ける。
「そんなわけないでしょ」
「だよな~ 人気があるのは俺じゃなくて、セイカ辺りだろうし。あいつ女子にモテるんだよな~ ムカつくことに」
やれやれと首を振りながら残念そうにため息を漏らす。
どうも彼と話していると気が抜ける。
フレアと接していた時に感じた穏やかな雰囲気とは違う。
無意識に、警戒が緩みかける。
「あなたのことは、セイカ・ルノワールから聞いたわ」
「ああ、やっぱり。君はセイカと知り合いなのか。それともあいつのファンか?」
「ファンじゃないわ。ついさっき授業で会ったのよ」
「なるほど。ってことあいつ、下級生が受けるような授業に入ってるのか。相変わらずよくわからん奴だな」
ベルフィスト・クローネ。
主人公の一学年上の先輩で、セイカ・ルノワールの友人。
セイカの周りによく出没して、友人としてのアドバイスを与えたり、主人公とも日常的な会話で盛り上がったりする。
物語の大筋には深く関わらないけど、要所で登場して主人公や勇者を後押しする。
主人公とも友人となり、勇者たちとも友好な関係を築く。
物語の中でも唯一、スレイヤと友好的な描写が多くみられた。
言ってしまえば脇役。
物語に一味加えるアクセント。
と、読者を誤認させたキャラクター。
彼はただの脇役なんかじゃなかった。
むしろ主役格。
物語の終着点に大きく関わる存在。
世界のラスボス。
魔王サタンの……依代。