1.破滅ヒロインに転生した
タイトル短くしました
痛みが徐々に和らいできた。
何もかもが真っ赤に染まっている。
真っ赤なのは私自身。
流れ出る血が目に入り、世界を紅蓮に染め上げていた。
「……くふっ」
口から血が噴き出す。
お腹からも頭からも、いっぱい血が流れ出ている。
致命傷なのは、お医者さんじゃなくても理解できる。
なにせ私の身体だ。
意識はまだあるのに、ピクリとも動かせない。
もうすぐ私は死ぬのだと、冷静に気づかされる辛さが誰にわかるだろう。
「……はぁ、なんなんだろう……」
私の人生は平凡だった。
なんてことのない小さな村に生まれた一人娘。
家族との仲は良好で、友人も少ないけどちゃんといて、穏やかに暮らしていた。
しいて言えば、刺激がない日々に飽き飽きしていた程度だろう。
二十歳になった私は、刺激を求めて大きな街へ引っ越すつもりでいた。
そのための準備もして、両親に許可もとっていた。
順調だった。
もうすぐ、新しい環境での新生活が始まる。
少しだけワクワクしていた矢先に、村を魔物の群れが襲った。
小さな村だ。
戦える人なんてほとんどいない。
あっという間に村は魔物に蹂躙されて、私は運悪く逃げ遅れてこの有様だ。
慣れ親しんだ我が家の天井に潰されて、いろんなところに穴が開いてしまった。
「……みんな……大丈夫、かな……」
お父さんやお母さん、友達は逃げられただろうか?
心配ではあったけど、正直もうどうでもよかった。
私はここで死ぬ。
私の人生はここで終わる。
何もなく、ただ生きただけの二十年間に幕が下りる。
満足なんてしていない。
空しさしか残っていない。
瞳から涙が零れ落ちる。
ふと、部屋の棚から一冊の本が落ちてきた。
私はギリギリ動かせる瞳だけを動かし、落ちてきた本を見る。
それはある少女の架空の物語。
特別な力を持った主人公の女の子が、頼りになる男の子たちと出会い、絆を深め合いながら成長し、やがて世界を救うお話だ。
私はこのお話が大好きだった。
現実では味わえない非日常が詰まっていたから。
「……いいなぁ」
ずっと思っていた。
私も、この本の主人公のように特別な存在で、苦しくも幸福な日々を送れたら……。
そう何度も思った。
ああ、神様。
もしも来世があるのなら、私にもどうか……役割のある人生を与えてください。
楽なんてできなくてもいい。
平坦じゃなくて、刺激のある物語の……登場人物になりたい。
薄れゆく意識の中で私は願った。
どうせ叶わない願いだと悟りながら、ゆっくりと目を閉じて……。
◇◇◇
身体が重い?
痛みは感じない。
まだ意識が残っていて、死ねないでいるの?
もういいから、終わっていいから。
早く楽に……。
「……え?」
目を覚ました。
目が開いた。
もう開くことはないと思っていた瞳が、見知らぬ天井を捉えた。
私はベッドで眠っていたらしい。
ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。
「ここ……どこ?」
右も左もわからない。
知らない部屋、しかも初めて見るくらい豪勢な部屋だった。
ベッドもふかふかで、天井まで付いている。
カーペットにカーテン、ソファーなんかも全部が高級そうで、村育ちの私には刺激が強い。
夢でも見ているのかな?
初めはそう思った。
死の淵に幸福な夢を見ているのかと。
ただ、それにしては感覚がハッキリしすぎている。
手足も動くことを確認した。
ちゃんと力も入るし、なぜか胸の奥から湧き上がる力も感じられる。
自分の身体とは思えない。
肌もこんなに白くて綺麗じゃなかったし、視界の端に見える自分の髪の毛も、燃えるような赤色をしていた。
私の髪は茶色だった。
「……私は……誰?」
自分で自分がわからない。
状況も飲み込めない。
困惑する私は、ふと大きな鏡が壁に備え付けられていることに気付く。
角度的に自分の姿は未だ映っていない。
私はベッドから起き上がり、徐に鏡の前へと移動した。
鏡で自分の姿を見れば、私が誰なのかわかる気がした。
そうして見た。
紅蓮の髪と瞳をした少女が立っている。
見たことがない容姿だ。
ただ妖艶で、物語の登場人物のように特徴的だと思った。
直後、衝撃が走る。
「な、なに……?」
頭の中に、見知らぬ映像が流れこんでくる。
激流のごときそれは、記憶だ。
誰かの?
違う……この身体の記憶。
少女に至るまでの、生まれてから今日までの記憶が再生されている。
突然のことで驚き、私は頭を抱えた。
ほんの数秒の出来事だった。
そのわずかな時間で、私は理解した。
否、理解させられた。
「……嘘、でしょ?」
私が誰なのか。
わかってしまった。
そしてこの世界のことも……。
信じられないと思いながら、私は窓のほうへ歩く。
ゆっくりと窓の外を見た。
「――ああ」
本当なんだ。
ここは、私がいた世界じゃない。
太陽が二つ並んでいる。
だけど、まったく知らない世界でもなかった。
むしろよく知っていた。
大好きで、何度も読み返した物語。
死の淵で思い返した……あの本の世界だ。
「本当に……生まれ変わった?」
私の願いが聞き届けられた。
神様にも届いた。
嬉しい。
なんて幸せなんだ。
と、素直に喜べなかった。
「どうして……」
なぜなら、私はただ本の世界に生まれ変わったわけじゃない。
私には役目がある。
脇役じゃなくて、物語の主要人物。
私の名前はスレイヤ・レイバーン。
この物語の主人公……に嫌がらせをする敵対ヒロイン。
いわゆる悪役令嬢だった。
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イラスト:NiKrome先生
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