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閑話01 トマス・マッケンジーの憂鬱

 キリキリと痛む胃を手で押えながら報告書に目を通す。報告書の内容については、予測の範疇内で〝やっぱり〟としか思わなかった。


 この世界に暮らす我々と異世界から呼んだ人たちとでは、やはり根本の部分が違うのだ。そこは理解していたつもりだし、今回のお披露目会に関わる者全てに言い聞かせた。


 同時に、番を探し求めている獣人たちにも言って聞かせたつもりだ。その成果があって、今まで大したトラブルにはなっていない……三日前までは。


 控えめなノックが部屋に響き、入室を許可すれば部下に付き添われたふたりの獣人が入って来た。ふたりは兄弟で、熊獣人らしくやたら体格がいい。


「こちらへどうぞ、ウィリス・ファルコナー殿。ネッド殿も」


 ここ数日、私の胃粘膜を激しく痛めつける原因になった男の顔を見て、つい睨んでしまったことは……仕方がないことだろう。


「その、この度は、申し訳ありませんでした」


 ウィリスは勧めたソファに座る前に頭を下げた。弟はそんな兄に対して不満そうな顔をし、軽く頭を下げただけだった。


「……謝罪する相手をお間違えかと思いますけどね? 一応、謝罪する気持ちはあると受け取っておきます」


「それは……」


 いつまでも縦にも横にもデカい男がふたりも立っているのは邪魔なので、手で座るように促す。大きな体を縮こませソファにちょこんと座り、ウィリスは悪い顔色を一層悪くする。弟はソファの後ろに立ち、座る気はないようなので放置とした。


「さて、あなたが暴力を振るったお相手が目を覚まされましたよ。後遺症もなく、肉体的な健康は取り戻しました」


「そう、ですか。良かった」


「ええ、良かったです。これで目が覚めなかったり、目が覚めても後遺症が残っていたりした場合、ご自身もお家もおとがめ無しでは済みませんからね。まあ、現状でもお咎め無しとはいきませんが」


 そう言うとウィリスの弟であるネッドは顔を赤くし、一歩私の方へ踏み出した。


「なぜですか! なぜ兄がそのように責められなければならないのですか!?」


「なぜ? その理由をお分かりにならない?」


「ええ、理解出来ません。そもそも、アンナ様は兄の番なのです。そのアンナ様と腕を組んで親しくするなど、不貞行為でしょうに! 許されることではない。兄の番を奪おうとするなんて、殺されても仕方が無い。殺されずに済んで、感謝して貰いたいくらいだ。なのに上級治癒師から治療を受け、兄の方に咎があるなんておかしいでしょう!」


 私は頭痛を感じ、こめかみを揉んだ。頭から首、肩にかけての筋肉が凝り固まっているのが分かる。

 胃痛に加えて頭痛だなんて笑えない。


「……そもそも、あなたの兄上が傷付けた方は獣人ではありません。異世界からお招きした方です」


 我々獣人にとって番は唯一。その番を害そうとしたり、連れ去ろうとしたり……という状況になった場合、番を守る為相手を攻撃しても、最悪殺害しても問題にはならない。

 それはあくまで、番を害されそうになった場合だ。じゃれついていたから、ではない。


「だからって兄の番を……」


「あの方は女性で、アンナ様の従姉妹でいらっしゃる」


「「え」」


 理解していないだろうと思ってはいたけれど、本当に理解していなくて胃痛と頭痛が増す。


「あんな……短い髪の女がいるはずがない、それに服もズボン姿で……」


「お披露目会に参加するにあたり、注意することをお伝えしていたはずです。異世界では服装も髪型も個人の自由で、女性だから髪を長くする、というこちらの常識は当てはまりません。実際、今回異世界から女性は十八人お招きしていますが、髪の短い方が半数ほどおられます」


 兄弟は顔色をどんどん無くしている。自分たちのしたこと、言ったことに関して徐々に理解していっているらしい。

 今理解しても、遅いのだ。


「服装については、まあ、お似合いになるから……とスカートではなく、パンツスタイルの服ばかり用意したこちらにも多少問題はあったのかもしれません。ですが、それも全て女性用です」


 部下が白湯と胃薬を運んで来て机に置いてくれた。気が利く部下で助かる。


「そもそも、アンナ様が気安く接していたのは、あの方が女性で幼い頃から共に育った姉妹のような関係の従姉妹だったから、なのですよ? それを嫉妬にかられ、確認もしないでいきなり暴力を振るうとは……」


 薬をゆっくり飲んで、大きく息を吐いてから顔色をなくし白くなっている兄弟を見つめる。


「番を見付けた時、番が複数人でお茶をしていたとか観劇をしていたとか、そんなことはよくある話しです。ご自由に過ごして頂いていますからね。皆さん礼儀正しく自己紹介をした後、ご友人たちには席を外すことを説明し、それから番に愛を乞うていましたよ? 異世界の方々には番という認識がありません。我々のように出会った瞬間に惹かれあい、求め合うようには出来ていないのです」


 注意事項に書いてあったよな? と目で訴えると、兄弟は体を小さくした。注意事項を読むには読んだ、けれど理解はしていなかった……という所か。


「異世界の方にケガをさせたということで、色々と大きな問題が起きているのですが、そちらもちゃんと理解されていますか?」


 即効性があると有名な胃薬も、まだ効力を発揮しない。私の胃はどうなってしまうのだろう?

お読み下さりありがとうございます。

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