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その後のお披露目会も順調に進んでいる、らしい。
日が進む度に、会場である南離宮とその周辺施設を訪れる獣人さんたちは増えて、あちこちで『愛しい番』を見付けて愛を乞う姿が目に入った。
スマートに愛を乞う人もいれば、ただただ会えて嬉しい大好きだとはしゃぐ人もいる。獣の部分による違いがあるのだろうとか思ったけれど、どの人もただひたすらに最愛の番を想ってアプローチしていて……微笑ましくも羨ましく感じられた。
トマス氏曰く、出会いは順調そのもので三十人いた花嫁・花婿も十二人が運命のお相手と出会い、番として愛を確かめ合ってその後の生活の準備を始めているそうだ。
お披露目会も五日目に入り、私はいつものようにやや甘めなデザインのシャツにシックなパンツと揃いのベスト、というお仕着せ(これを着ろとメイドさんが持ってくる)を着て、愛らしい薄緑色のシフォンっぽいワンピースを着た杏奈とティールームへと向かった。
このティールームは居心地が良くて、美味しい紅茶やコーヒーも楽しめてお気に入りだ。
「ねえ、レイちゃん。今日はこのあと舞踊団が来るんだって、行ってみない?」
「舞踊団?」
「そう、この国の南側にある国に拠点を置いてるんだって。リスとかネズミとか、体が小さな種族の獣人さん達が中心になって出来た舞踊団で、ダンスが素敵なんだって!」
小さなリスやネズミが舞台上でくるくる回って踊る、そんな動物ステージを連想する。でも、きっと違うんだろうな。
「いいよ、見に行こうか」
「やったー!」
杏奈は私の腕にしがみついてピョンピョンと飛び跳ねる。喜びの表現が飛び跳ねるのは、従姉妹が子どもの頃から変わらない。楽しみなのは分かったから、もう少し大人しく喜んで欲しい。
ハイハイと適当に返事をしながらお茶菓子を選ぼうとした時、フッと背後になにかを感じた。大きくて分厚くて、非常に圧を感じる。
ここが南離宮という安全な場所で、危険などあるわけない所なのに身の危険を感じるなんておかしい。
振り返ろうとした瞬間、顔に今まで感じたことのない大きな衝撃を受けて体が空中に浮いた。
私、飛ばされてる?
そう感じた時には壁に大きく体を打ち付けていて、息が詰まった。目の前が真っ暗になって、体が全く動かない。
周囲からはざわめきと悲鳴、杏奈が私の名前を叫んでいる声が……凄く遠くに聞こえて、そして聞こえなくなった。
ワアワアと騒がしい声が聞こえる、それが段々大きくはっきり聞こえて来る。
『どこに行ってしまったの、玲奈! 杏奈ちゃんも』
『事件性はないそうだよ。ふたりとも大学で授業に出席して、午後からふたりで買い物に行くと友達に話していたそうだ』
お母さん? お父さん?
目を開くと家のリビングに両親がいるのが見えた。母は顔色も悪く、私と杏奈の行方を気にしていて、父はやつれた表情で母を宥めていた。
『じゃあどこに行ったっていうの?』
『ふたりでお昼ご飯を食べたとこまでは分かってる。でも、その先は……』
そうだ、杏奈と私は大学を出てからイタリアンのお店でパスタランチを食べた。その後デパートに向かっている途中でこの世界に連れて来られた。
『お姉ちゃんが警察に捜索願いを出してくれたの、杏奈ちゃんと玲奈が一緒に行方不明になったって』
『そうか、警察が捜してくれたらすぐに見つかるよ』
『でも、大学生だって言ったら……家出だろうって。彼氏と一緒に居るんじゃないのかって、警察に来る前に彼氏のところに行けって言われたって』
母は両手で顔を覆い、震える鼻声で言う。
『誘拐されたわけでもない、幼い子どもでもないから、実際探してくれるわけじゃないんだって』
母は泣き出し、父は呆然としたあと母を抱きしめる。
誘拐だから! 杏奈も私も勝手に連れて行かれただけだから!
きっと、杏奈のご両親も従兄弟のケン兄さんも、突然消えた私たちを探してる。
家に帰りたい。
普通のサラリーマンをしてる父、近所のクリーニング店でパートをしている母。私は普通の短大に通う女子大生で、ファミレスで週に数日アルバイトしているどこにでもいる学生。
同じ年の従姉妹の杏奈とは幼稚園からずっと一緒、杏奈の兄で三つ年上の建斗兄さんは少々ズボラだけど良き兄だ。
年子の母と伯母は仲が良くて、月に二、三回は姉妹会という名でケーキショップを巡っている。
伯母の旦那様はアメリカ人で、酔っ払うと英語しか喋れなくなってしまうけど陽気な伯父。
母方の祖父母は庭師をしていて、祖父母の家のお庭は凄く立派だ。祖父母の家で飼っている猫は黒猫なのに、ダイフクって名前で抱っこが好きだ。
私を取り巻く家族たちが、杏奈と私を探している声が聞こえる。凄く心配して、不安になったり怒ったりしてる。
皆の声を聞くと胸が痛くて、辛い。
家に帰りたい。
父と母に会いたい、祖父母に会いたい、バイト先の人たちにも、友人たちにも会いたい。
涙が零れて止まらない。
目の前が揺れて両親の姿が歪む、声が徐々に遠くなる。
嫌だ、帰りたい! こんなのは嫌!
私は必死に両親に向かって手を伸ばすのに、遠ざかって行く。
「お父さんっお母さんっ!」
私の手が空を掴むばかり、両親の姿は遠く消えてしまった。
読んで下さってありがとうございます。
2021年の更新はここまでです、来年も宜しくお願い致します。