03
宮廷文官を纏める立場にいるのだというその人は、ピューマの獣人であると自己紹介してくれた。
「トマス・マッケンジーと申します。改めまして、ここは皆様が暮らしていた世界ではありません、別世界です。訳あって、皆様をこちらへとお招きしました」
先程の大広間の隣にある部屋には椅子が並べられ、意識のある者はそこへ自由に座るように言われた。
杏奈は他の倒れてしまった人たちと一緒に別室に運ばれ、意識の回復を待つのだと言う。倒れた人は杏奈を含めて五、六人いた気がしたが、その半数以上は男性だったので……繊細な男性が多いのだなと感じた。
それぞれが椅子に座ると、正面に陣取ったトマス氏の説明会が始まる。質問は後に受けるので、まずは説明を聞けと言う。
「ここは、様々な種族が仲良く暮らしています。種族による仲違いや差別はありません。人間、獣人、エルフ、ドワーフ、妖精などです。特に獣人の種族は多岐に渡りまして、肉食系獣人から草食系まで進化の過程によりひと通り揃っているもの、と認識して下さい」
トマス氏の右側に控える男性はやや小さめの三角耳で、耳の先から黒い毛がさらに生えている。左側の男性は耳の先が丸まった黒い耳で、ネコ系の獣人だろうことしか分からない。
私の一番近くにいるメイドさんは、小さな丸耳だがスカートから見える大きな尻尾からリスの獣人だろうと察する。
「我々は今のように人と変わらぬ格好で生活しておりますが、もちろん獣の姿になることも出来ます。ですが、あなた方と変わらぬ生活を営んでおりまして、他人を襲って傷付けたりするような野蛮なことはいたしません。法律が施行され、国民全員がそれに則って平和に暮らしています」
トマス氏曰く、この世界は複数の種族が共に暮らす世界。国は大小様々複数あり、春夏秋冬があること。国は大陸中央にある大樹を中心に広がっていて、大樹はこの世界を作った女神様の化身であり、大樹の足元には広大な森が広がっているらしい。
富士山と青木ヶ原樹海を私は連想したけれど、合っているだろうか?
千年以上前は、大樹の森には天人族とかいう背中に羽の生えた天使のような一族が住んでいたらしいけれど、絶命してしまったっぽい。天使がいたのなら、見てみたかった。
現在大樹の森には妖精族とエルフ族が暮らしていて、滅多に姿を現さないんだとか。
戦争などはここ五百年起こってない、平和な世界らしい。良いことだ。ただし、人々を襲うような魔獣と呼ばれる凶暴な獣は存在しているらしい。
魔獣を退治する為の職業(騎士? 冒険者?)があって、街や村を繋ぐ街道には魔獣避けの魔法が掛けられていて、安全に行き来出来るらしい。
そう、この世界、魔法があるのだ!
残念なことに異世界から来た我々には魔法を使う力(魔力?)がないので、訓練をしても使えるようにはならないのだと。無念だ。
「そして、皆様をお招きした訳なのですが……」
椅子に座り、大人しくトマス氏の話を聞いていた全員が注目する。それはそうだ、どうして異世界に誘拐されたのかは最も知りたいことだからだ。
「花嫁様、花婿様になっていただく為です」
室内がシンッと静まり返り、物音ひとつ消えた。
「あはは、さすがに驚かせてしまいましたね! でも、それが皆様をこちらへお招きした理由なのです。この世界に暮らす者には、『番』と呼ばれる相手が必ず存在しているのです」
日本人には馴染み深いと言うか、小説やマンガで仕入れた程度には認識のある言葉だ。
運命の番、という人生でたったひとりの愛する存在。私だって憧れるし、存在してくれたらいいなとも思う。
「こちらへ来たと言うことは、この世界に……いえ、この国に運命のお相手が必ずいるということなのです。とは言っても、皆様からは誰が運命のお相手なのかは分かりません。ですが心配には及びません、こちらの世界の者が必ず迎えに参ります」
室内がザワザワとし始める。それもそうだろう。
自分の運命の相手が必ずいる、けれど自分からはこの人だ! とは分からない、相手任せで「君がオレの運命の番だ」と言われ、それが正しいのか間違っているのか判断出来ないまま、決定なのだから。
「ああ、こちらの者が運命の相手を間違えることは、絶対にありません。間違いはないのです。ですから、安心してお相手さんと番って幸せに暮らして下さいね」
トマス氏は「これから一ヶ月後のお披露目に向けて、まずはこの世界に慣れて、世界のことを学んで行きましょう!」 とにこやかに言った。
だが、それをすぐに受け入れられた者は、この場ではごく少数なように思われる。
ありがとうございます。