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天気は快晴、抜けるような青い空。綿菓子のような雲が風に流れ、白い海鳥が海風を受けてふんわりと空に舞い上がる。
目の前に広がる海は深い深い青色で、港に接岸されている沢山の船は大きさも色も様々だ。
「レイ、こっちだ」
グラハム主任が大きく手を振ってくれていて、私は小走りで近付いた。
三と番号が振られた船着き場には大きな船が着けられていて、荷運び人が船の中から積み荷を運び出している。
その荷物の一部がグラハム主任の横に並べられていた。
「東の島国から輸入された茶葉、のはずだ」
木箱には〝茶〟と漢字で書かれていて、荷運び人の人が開けてくれた中には緑茶のような茶葉が入っていた。
「緑茶みたいです」
「……こっちの茶葉とは随分と形や色が違うな」
「こちらのお茶と木は同じですよ。ただ、茶葉をお茶に加工する製法が違ってくるんです。緑茶は緑色で、すっきりとした口当たりのお茶です」
主任から差し出された紙には、茶葉の管理方法や基本的な飲み方などが書かれていた。東の島国の言葉で。東の島国は縦書きで日本語にかなり近い。
「なんと書いてある?」
「この茶葉の管理の仕方と、一般的な飲み方です。茶葉はしっかり管理しないとカビが生えますし、味や香りも落ちます。商品価値を保つためにも、管理方法を間違えないようにしなくてはいけませんね」
「各店舗での管理の仕方や、売り方も考えなくてはな」
日本ではお茶ってどうやって販売されていたかな、と思い出しながら〝茶〟と書かれた木箱が運び出されていくのを見守る。
私はまだ私を呼び出した国にいる。でも、王都からは出た。
ここは王都から馬車で三日ほどかかる港街、リント。
港街リントはこの国の海上交通で一番大きな街なんだそう。一日は何十という大小様々な船が行き来して、人や荷物を運んでくる。
「レイ、すまんがこっちの中身も確認してくれ」
「はい」
東の島国から運ばれていた荷物は木箱に入ったり麻布に入れられたりしていて、船から運び出される。米、お茶、豆類を主軸に、工芸品や布なども見受けられた。
中身を確認し付属している説明書と照合、こちらの管理表とも照合していく。照合作業の終わった荷物は、ランダース商会の持つ倉庫に保管される。そこから小分けにされて各店舗へと送られて、それぞれの店舗に並ぶ。
東の国の品物は今ゆっくりとではあるけれど、この国でブームになりつつあるんだとか。
この品は日本のものではないけども、似ているから……好きになってくれる人が増えてくれたらいいな、と思う。
沢山売れて、商会の利益になってくれたらいい。東の島国の人たちが経済的に潤えばいい。
「……よし、ここでの仕事は終わりだ。レイ、助かった。午後には出発だから、早めにメシを喰って準備をしよう」
「分かりました」
「本当はもうちょっと余裕があったはずなんだが、慌ただしくて悪いな」
グラハム主任は荷運びの人たちを激励すると、こっそりと息を吐いた。
「どうかしたんですか?」
言われたらランダース商会の船だけではなくて、他の商会の船や魚介の漁に出ていたらしい漁船もバタバタしている。
「今日の昼前……もう入港したかもしれないが、王族の乗った船が港に入る予定なんだ。入港する位置は離れてるから、特に問題はないはずだ。けど、なにか事故や不手際があっちゃならない。だから、王族やそのお付きの偉い者が港を離れるまで大きな作業は出来ないと考えていい」
「……なるほど、それはバタバタしますね」
どの世界でも、偉い人が来ると周囲はバタバタするものだ。しかも、ただの偉い人じゃなくて王族。港を管理する人たちも、作業する人たちもバタバタだ。
「さらに、王族が王都へ移動するから交通も制限を受ける」
「わあ、それは……」
迷惑ですね、と言ってはいけない、と気が付いて言葉を飲み込む。でもその気持ちはグラハム主任に伝わったようで、主任は苦笑を浮かべて私の頭をガシガシと撫でた。
「この国の外に出ていた王族は、今日帰ってくる王子だけだったからな。あの王子が戻れば、こんなバタバタはしばらく無い」
「王子様ですか。お仕事とかで海外に?」
「いや、三年前に留学で国をでたはずだ。第三王子だったかな、将来兄である王を支える為の勉強をしに行ったと聞いた」
身分の話し云々に関しては、正直実感がない。ただただ、身分の高い人は大変だな、と思うばかりだ。
三番港を離れ、グラハム主任の後をついて歩く。沢山の荷物と行き交う人たちを躱して歩くのは、技術が必要だと認識させられる。
必死になって歩くのに、少しずつ主任との距離が開いていく。私は街の位置関係に明るくない、主任を見失うのは危険だ。
小走りになって追いかけると突然主任が足を止めて、私はそのまま主任に軽くぶつかった。まあ、体格のよい犬獣人である主任は私にタックルされた所で微動だにしないけども。
「…………グラハム主任?」
「見てみろ、王族の乗った船だ」
貨物船ではなく、人を乗せる船が接岸する港には一際大きくて真っ白な船が入港していた。船体に比例して大きな帆には家紋が描かれていて、いかにも王侯貴族専用という感じがする。
「丁度船から降りた所らしいな、出迎えの護衛官やら文官やらでごった返してる。レイ、急ごう。昼飯は……港外れに美味い煮込みを出す店がある、そこで食おう」
「はい」
遠目に見えた立派な毛並みを持って豪華な衣装を纏った王子様は虎獣人みたいで、お付きの人は狼獣人のように見えた。出迎えた人たちからペコペコと頭を下げられ、移動もままならなさそう。
高貴なご身分な方は大変そうだな、と改めて思いながら再度名前を呼ばれて返事をしながら主任の後を追いかけた。
海の近くだというのに、リンゴのような甘酸っぱい香りを嗅ぎながら。
お読み下さりありがとうございます。