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私には選べる道がふたつある。
一、このまま王都と呼ばれるこの都市で生活する。仕事は今臨時で働いている異世界課に正式雇用して貰う。
二、他の都市に移動し(国を移動するのも可)新しい場所で新しい仕事を見付ける。
大まかに言えばこのふたつだ。
一のパターンで行けば、生活は安定しているし宿舎もそのまま使えるから、引っ越しの手間もお金も掛からない。
でも、私が番さんと出会える可能性は低く、番さんと出会って婚姻するのが七割を越えるこの都市で……私は死ぬまでお一人様だ。
別にお一人様が嫌って訳じゃないけれど、まだ諦めたくない気持ちもある。
二のパターンでは知らない世界で知らない都市や街に向かって移動して、知り合いのない中で新しい仕事を探さなくちゃいけない。多分、私が今想像しているよりずっと大変な思いをするだろうし、危険な目に合うかも知れない。
でもこの国の王都から離れれば離れるほど、番さんと出会う確率は下がる。田舎の方では出会える確率は二割程度、私と一緒に生きて行きたいって言ってくれる人と出会える確率は高まる。
正直な所、どうしようか迷っている最中だ。
経済的な問題で楽なのは断然一のパターン。仕事の心配も食べるものの心配も寝る場所の心配もしなくていい。
でも、異世界課の居心地は悪くないものの、他の場所の居心地はあんまりよくないのが現実だ。
休憩所とか食堂とかではばらまかれた私の噂が噂を呼んで、良く分からない憶測も呼び込んで事実なんてひとつも入ってない。でも、私をよく知らない人たちからしたら、その噂が事実になってるんだと思う。
だから、食堂でご飯を食べようものなら酷い感じになる。私の席の周囲は混み合っていても空いているし、周囲からはヒソヒソと微妙に聞こえる感じで噂話をされたり、悪口を言われたりする。食堂で食べるご飯なんて、味がしたことがない。
精神的にかなりきつい。
二のパターンは経済的には不安だし、独りぼっちで知らない世界を移動しなきゃいけない。何かあっても誰も助けてくれない。凄く恐い、緊張する。でも、変な噂や悪口に悩まされることはなくなる。
マーティン氏はよく考えて決めろって言ったけれど、まだ私は決められていない。
異世界課での仕事がお休みの日を待って、私は街へと出た。目的はふたつ。ひとつは自分の口座を作ってお金を預けること、もうひとつは〝宝珠の館〟に行ってみることだ。
この都市で暮らすにしても、他の都市や外国に行くとしても口座は必要になる。だって、この世界のお金はコインしかなくて紙幣はない。持ち歩くにしても部屋に置いておくにも限度ってもんがある。安全の問題もあるしね。
銀行って施設はないけれど、各種ギルドがその役割を担っていると教えて貰った。
ギルドの金融システムはお金を預けて、引き出すっていうだけのシンプルなもの。投資とかそういうものはまた別なことなんだとか。シンプルだからこそ、国をまたいでも問題なく使えるらしい。
誰がどのギルドで口座を作っても問題ないし、身分証明みたいなものも発行してくれるから、大人になるとみんな作るものなんだとか。
色々考えた結果、商業ギルドで口座を作ることに決めた。どこの国にも必ずあって、支部の数が一番多いから。向こうの世界で言う、世界中で使える一番大きくて支店の多い銀行というイメージ。
王都の商業ギルドで口座を作り(私の身元保証トマス氏がしてくれたよ、いい人!)、異世界課で働いて貰ったお給料を預ける。
渡された身分証はひし形のペンダントトップ、透明で中心に白く木っぽい模様が入っている。異世界から来た人は透明、エルフは薄緑、ドワーフは薄黄、獣人は薄青になると聞いた。チェーンや革紐を通して首から下げるのが一般的なんだとか。
これはお金を預けたり引き出したりするのに使ったり、入国審査とか特定の施設に入る為にも必要になるらしい。
絶対持ってなきゃいけないアイテムじゃないか。ゲームなら重要アイテム欄に入ってる感じ。
ギルドのすぐ近くにあった革製品屋さんで革紐を買って、身分証をペンダントにして首から下げる。皆が持っている身分証を私も手に入れた。
これで、私もこの世界の住人としての一歩を踏み出したように感じられた。
ポケットからマーティン氏から渡されたカードを取り出して、住所を確認する。革製品屋のご主人に聞いた所、女神様をお奉りしている神殿の近くらしい。
大きな通りを南に向かっていけば神殿だと言うので、賑やかな商店街を覗きながら向かう。
武器屋さん、魔道具屋さんと言った見たことも聞いたこともないお店もあるし、八百屋さんや肉屋さん、パン屋さんもある。本屋さんを覗いたら、半分くらいが魔道書って言う魔法に関する本を扱っていて驚いた。
お店の人も買い物に来ている人も大半は獣人さんで、改めて私はここが異世界なんだっていう実感を得た。
ここは私が生まれて育った世界じゃない。私は召喚されて攫われて、家に帰れなくなった迷子。迷子だ。
急に周囲の色が褪せたように見えて、ざわめく街の喧騒も遠くになったような気がする。徐々に音は消えて、目の前が暗くぐるりと回り始めた。
このままじゃマズい。それは分かっているんだけれど、体が動かない。
ゆっくりと体が揺れた時、私の腕を掴んだ手があった。その手は大きくて、温かい。
「おい、大丈夫か? 顔色、真っ青だぞ」
お読み下さり、ありがとうございます。