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間に合ったー!

 赤の宿舎、と呼ばれる城で働く者の為の寮は、主に魔法使いと異世界のことに関係している仕事に就いている人のための寮だと聞いた。


 事実、魔法使いが勤務している〝常夜の塔〟と呼ばれる尖った塔状の建物、異世界課のある建物の近くにある。どちらにも徒歩五分ほどで行けるのだから、便利だ。


 私は赤の宿舎の個室で寝起きするようになって、午前中はこの世界の常識を勉強、午後は異世界課で仕事をするという生活を送っている。


この世界に来てから、ずっと一緒にいてくれたマリンさんが側にいないのはちょっと寂しい。でも彼女には本来の職務があるのだから仕方がない。


「まあ、昨日までで一般庶民が履修すべき常識はおおよそ終わった」


 この世界の貨幣価値、基本的な物流、歴史や女神信仰や女神に関わる神話など、小学校的な位置になる一般庶民の子どもたちが学校で習うことを今までに学んだ。あと学校では文字の読み書き、計算や生活魔法なんかを習うらしいけど、読み書きと計算はすでに出来る私には必要なくて、魔法は使えないから関係がない。


 あのお披露目会から一ヶ月、この世界の常識を学びながらお仕事をする生活にも慣れた。今後は朝から晩までお仕事に切り替わる。


勉強はなかなか有意義だったと思っている。教師役がこの男でなかったのなら、より有意義だったと感じただろう。


「今までのことをちゃんと覚えていれば、一般庶民として生活していくのに不自由はないはずだ。覚えていればな」


 女神様が異世界人にくれる祝福を確認するときに会ったいけ好かない魔法使い、この男でなかったら。


「聞いているのか?」


「聞いてますよ、先生」


 男の名はマーティン・フォー、エルフの血を引く魔法使い。エルフの血を引くというのは高貴なんだそうで、やたら偉そうなのが鼻を突く。けど、ちょっとおだてて「先生」なんて」呼んで、敬語っぽいもので話してやれば話しは通じるし、魔法使いだけあって学識は豊かなので、ちょっと可哀想な男なんだと思って接している。


「どうだかな。……今日は授業の最終日になる。おまえの聞きたいことがあるのなら答えるが、なにかあるか?」


「……私のお相手さんって、存在しているのでしょうか?」


 このひと月、宿舎で生活して食道でご飯を食べて、塔で仕事をしている。その間色々な噂話しを耳にした、王子が留学先からなかなか戻って来ないだとか、どこぞのご令嬢が駆け落ちしただとか、メイドさんたちの情報網は侮れない。


 その噂話の中には、私自身のものもあった。

 曰く、『杏奈が呼ばれた時に一緒にいたから、番でもないのに呼ばれた』だとか、『杏奈と番の間を裂こうとした』だとか、『杏奈と一緒に図々しくも番の領地に向かおうとした』とかだ。


 杏奈と杏奈の番さん関係の噂が多いのは、多分あの番さんの弟熊のせいだと思われる。あの熊野郎は私が杏奈と一緒に来ると思い込んでいたので、私の悪い噂を作ってばらまきまくったのだろう……だから別れ際に謝罪したのだ。


 二度と会うことはないけど、本気で迷惑な話しだ。


 それと同じくらい多いのが、私が誰かの番じゃなくて杏奈のオマケとして異世界からやって来たんじゃないかっていう噂。

 この噂に関しては、私にも分からない。

 こんな長時間迎えが来なかったことは過去になかったので、私は誰かの番ではなかったという話しになっているのだろう。


「それは間違いない」


 マーティン氏ははっきりと言い切った。


「え、でも……」


「番でなければ、この世界に来てはいない。以前の儀式の資料にあったが、友人と肩を組んでいた所を迎えられた男がいたらしい。その男だけが迎えられ、肩を組んでいた友人とやらは迎えられていない」


 その話しが本当であるなら、あの熊さんと番であった杏奈と私が手を繋いでいたり腕を組んでいたりしていても、杏奈だけが召喚されるだけで私は元の世界に残される。


「この世界に来ているということは、必ず、誰かの番である証明になる。おまえの番は確実に存在している」


 マーティン氏は両腕を組んで、椅子に座る私を見下ろす。


「獣人は番と出会いたくてたまらない種族だ。だから、お披露目会の開催を心待ちにして、一日でも早く出会って番いたいと切望している。まあ、なんらかの事情があってすぐに迎えに来られない者もいる」


「どういう事情ですか?」


「仕事だ。世界中を飛び回っている商人や、外国に駐在している外交官や武官などは仕事の都合がある。己の都合だけですぐにというわけにはいかない」


 なるほど、職業上〝お披露目会だからすぐに帰国〟というわけにはいかない人もいるだろう。


「まあ、その場合は連絡が入るものだがな」


「え?」


「そうだろう、大人の常識だ。迎えが遅くなるのなら、その旨を連絡するものだろうが」


 生徒らしく右手を挙げると、マーティン氏は教師らしく私を指名する。


「あの、根本的なことを質問します。獣人さんはお披露目会で自分の番を迎えに来るわけですけども、どうしてお披露目会で番が召喚されたって分かるんです?」


「これは俺も聞いた話しだが…………勘、のようなものらしい」


「勘?」


「そうだ、今年のお披露目会で番に会えそうな気がする、と思うらしい。まあ、それも確実ではないらしいがな。だが、誤差二、三年くらいで出会えるらしい。だから、三年ほど毎年お披露目会に顔を出して、番を探す。勘のいい奴は一年目で出会えるし、悪い奴なら三年ほどかかる」


 なんて、ガバガバな……伝説の生き物が実際にいて、魔法がある世界だけど、雑な所はあるんだなと私は変に感心していた。

お読み下さりありがとうございました!

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