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 シンプルなんだけれども、机や椅子なんかは高価なものが並んでいる執務室は部屋の主人らしさが現れていると思う。現実主義、使い勝手重視、みたいな。


「申し訳ありません、突然。今後のことをお話したいと思いまして」


「はい、勿論です」


 お披露目会の責任者だったトマス氏と私の前にお茶が用意される。茶器は装飾も絵柄もない白いシンプルなもので、向こうで好きだった印の無いメーカーを思い出した。


「さて、お披露目会に関しては申し訳ありませんでした。レイ様にとっては色々思う所もありましたでしょう」


「まあ、でも、私の記憶にはありませんしね。良い経験だったと思うことにしました」


 一般的な会社員の家庭に生まれ育った私にとって、毎日がパーティーみたいな経験は普通あり得なかったことだ。だから、色々あったけれどそういう経験をしたと思うことにした。


「そうですか。……それで、改めましてあなた様の今後についてなのですが、なにかご希望はありますか?」


「希望?」


 トマス氏は頷く。


「あなた様の番はまだやって来ておりません。このまま、ここで番をお待ち頂くわけですが、……その間なにかやってみたいことなど、ご希望がおありではないかと」


 ん? 待って、ちょっと聞き捨てならない言葉があった気がする。


「あの……」


「はい、なんでも仰って下さい」


「私、ここで番さんを待たないといけないんですか?」


 私がそう聞くと、トマス氏もトマス氏の部下らしい男の人も目をまん丸にし、更に耳までピンッと立てた。

 え、そんな驚かれるようなこと言ったかな?


「あ、当たり前ではないですか! レイ様、あなた様はこの国に生まれ育った獣人の番なのです。番でいらっしゃるから、お招きしたのです。残念ながらまだ出会えてはいないのですが……ここに滞在していれば、必ず出会えるのです」


 この世界に獣人という種族の人たちがいて、彼らには番と呼ばれる運命の相手がいる。それはもう十分に理解出来ている、私以外の異世界人全員が獣人と伴侶になって、出て行ったのを見送ったのだから。それはもう、いやって程分かってる。


 お披露目会の開催中に番を迎えに来なかった獣人は、過去にいない。私が初めてなのだ。

 私はそこで思ったのだ、私は杏奈のオマケで連れて来られてしまっただけで、番の獣人さんなんていないのではないか、と。


 でも、トマス氏も彼の部下も私を番だという獣人さんがいる、という前提で話しを進めてくる。


「……そう、ですか」


「はい。南離宮別邸から、お部屋も移って頂くことになります、お願いしたいこともありますし。なにかやってみたいことがあれば、それを優先した部屋を用意します」


 取りあえず、やりたいことと言うか知りたいことはある。


「この世界のこと、この国のことを知りたいです。その、深く知りたいって訳じゃないんですけど……この世界で生きて行くのに知っておくべき知識というか。普通の人が学校で習っていて、みんな知っている一般常識とかそういうものを」


 私は魔法なんて使えないし、武器なんて扱えない、更に女神様がくれるって言う特別なギフトも貰えてない。元々私はどこにでも居る普通の女子大生なのだ、何も出来ない。


 トマス氏や部下さんは私に番がいるって決めて掛かってるけど、いない可能性が高いと私自身は思ってる。


 ならば、生き抜く為の知識が欲しい。この世界の街にひとり放り出されても困らないくらいには、庶民の常識が必要だ。


 他の皆は愛おしい番さんが大事にしてくれて、この世界のことも色々教えて貰えるんだろうけど、私にはそんな相手はいない。自分でなんとかするしかない。


「分かりました。では、教師役の者をお付けします。ならば……新しい部屋は赤の宿舎にご用意しますね。教師役の者との調整もありますが、しばらくは午前中に授業、午後にお願いしたいことがあります」


「お願い、したいこと?」


 トマス氏は笑顔を浮かべて首を縦に振ると、ゆっくりとお茶を飲んだ。


「はい、レイ様にしか出来ないことなのです。ちゃんとお給料もお支払いしますよ」


 お給料と言われて、私は背筋を正した。


 生きて行くためにはお金が必要だ。いつまでも、ここで生活出来るわけじゃないのだし、働いて稼げるのならば稼がねば。


「私はなにをしたらいいのですか?」


「異世界から番をお招きするようになって、五十年ほど経つわけなのです。その際、番の方々からは許可を得て異世界からの品を譲って頂いております。小物や書物が主な物になりますがね」


「はあ」


「中には用途不明の物も多く、書物は内容を理解出来ないでいます。ですので、分かる範囲で構いません、鑑定と翻訳をお願いしたいのです」


 なるほど、通常なら番として呼ばれた異世界人は、みんな獣人さんがさっさと連れ去ってしまう。だから、異世界の品を譲っては貰えても、内容確認をちゃんとして貰える時間は取れない。結果、謎の品と内容不明の本が増える。


 でも今回は私という存在が居る。私がいつまでここに滞在するのかは分からないけど、居る間中に出来るだけ鑑定と翻訳をさせたいのだろう。


「分かりました」


 お給金が発生する仕事なのだ、私に異存はない。


 なにもせず、ただ来ない確率の方が高い番さんを待つより、ずっと良い。

 私には仕事があって、ここに滞在しているのだ。

お読み下さりありがとうございます。

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