10
パーティーの翌日から南離宮別邸は今までは違った様子で騒がしくなった。パーティーの終わりはお披露目会の終わり。
最愛の番を迎えた獣人さんたちが、番を連れて自分の家へと帰って行く。
家が遠くにある人達はその為の準備をはじめ、近くの人達は翌日には離宮を離れて行くと言う。二、三日中には全員がここから居なくなって、それぞれ番さんの元で新しい生活を始めるらしい。
従姉妹と番である熊獣人のファルコナーさんとファルコナー弟さんも、杏奈と共にこの国の南側にあるっていう領地に帰る準備をしていた。ここから領地は遠いらしくて、準備に三日をかけ、四日目の今日いよいよ出発する。
「……レイちゃん、考え直してよ。ね?」
「なに言ってるの。何度も話し合ったよね? 杏奈は杏奈でちゃんと生活して、幸せになるって」
杏奈はお披露目会のパーティーが終わったときから「一緒に行こう」と言い続けている。杏奈と一緒にファルコナーさん一族が暮らす街へ行こう、と言うのだ。
結局、番の迎えがなかった私はお披露目会が終わった後の行き先がない。
番の迎えがなかったことは前代未聞なのだそうで、正直誘拐した国も私のことをどうしたらよいのか、持て余し始めている。
番という杏奈の言うことには甘いし、私に大怪我させた負い目もあるだろうファルコナーさんは、私が希望するのなら一緒に来ても構わないと言ってくれた。
でも、それって……いいことじゃない。
ファルコナーさん本人がどう思っているのかは知らないけども、彼の弟やファルコナー家のメイドさんや従者さんたちは私のことが嫌いだ。見れば分かる、だって凄い睨んで来るし。
杏奈は単純に私と離ればなれになるのが寂しいとか、ファルコナーさんと二人っきりになるのが嫌だとか、知らない場所に連れて行かれるのが不安だとか、そういう気持ちがあって……番が迎えに来なかったんだから、今までのように一緒にいたらいいじゃない、とか思ってるんだろう。
けれども、彼らからしたら私は当主の番を惑わす危険な存在、なのだろう。私がいるから、杏奈はファルコナーさんを受け入れないと思っている。私が一緒に行くなんて、冗談じゃないのだ。
そんな風に思っている人たちが暮らす街に行くなんて、針のむしろの上で暮らすようなものだろう。
「でも、だって、レイちゃん……」
「だってじゃないよ、杏奈。ちゃんと現実を見て、この世界で生きて行くしかないの。私も頑張って生きて行くから、杏奈もちゃんと番さんと向き合って幸せに生きて」
「レイちゃんんんんん!」
杏奈は号泣しながら私に抱きついた。小柄なくせに力が強くて……結構苦しい。
「大丈夫、また会えるから。次に会ったとき、幸せいっぱいでいてよ、ね?」
泣きじゃくる杏奈の背中を撫で、不安なような不満なような顔をしているファルコナーさんの方へとその背中を押した。
用意された移動用の車は凄く大きくて豪華で、やたらでっかいトカゲみたいな生き物が引っ張る仕様だ。
馬じゃなくてトカゲな所が私の知るファンタジー世界を越えている。馬車ならぬトカゲ車?
「じゃあね、杏奈。元気で」
「レイちゃんもだよ、またすぐ会えるよね? 私の知らないどっかに行かないでね!」
私は手を振って、杏奈とファルコナーさんの乗った車を見送る。その後を荷物やメイドさんたちを乗せた車が続く。
「…………おい」
不機嫌でしか構成されていない声が上から降って来た。けれど、私は小さくなって行く杏奈を乗せた車を見送り続けた。
「……おいっ!」
「心配しなくても、付いてくつもりも二度と杏奈と会うつもりはないから。あなた方の暮らす街に一生涯行くつもりもない」
そう言うと、牛みたいな生き物に騎乗しているファルコナー弟さんは「うぐっ」とか言って言葉を飲み込んだ。
「まさか、私が杏奈に縋り付いて一緒に連れてって、とか言うとでも思ってたわけ?」
「………………おまえは、行く宛てがないだろう。それに、兄上はおまえに負い目があるから、断れない」
「ふぅん、で、私が一緒に行くとか言い出したら、邪魔だから、街に向かう途中で殺してやろうとか思ってた?」
ゆっくり顔を向ければ、顔を真っ赤にしているファルコナー弟さんが牛の上で俯いていた。図星突かれたって感じかな?
杏奈がファルコナーさんと向き合うかどうか、は私の存在は余り関係がない。離れて暮らせば徐々に私の存在なんて希薄になっていくもので、関係を詰められるかどうかは二人の問題。そもそも、私を殺したことが杏奈に知られた方が上手く行かないってことが理解出来ないらしい。
「早く追いかけなよ。私はもうあなた方とは関わらないから、顔も見たくないしね。杏奈のことを大事にしてくれたら、それで良いし」
「……分かった。それと、すまん」
なにに対しての謝罪なのか全く分からないひと言を残し、ファルコナー弟さんを乗せた牛っぽい生き物は車を追いかけて行った。
杏奈と一緒に行ったら殺されてたのか、とんだバッドエンドルートだ。この世界は凄く恐い世界だと改めて認識する。
「レイ様、お時間宜しいでしょうか」
見送り終わった私は掛けられた声に「はい」と返事をした。
お読み下さりありがとうございます。