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閑話03 トマス・マッケンジーの憂鬱

 気を利かせた部下が白湯のお代わりを持って来てくれて、ゆっくりとそれを口に含んだ。

 もう一回分胃薬を飲んだらどうだろうか? 沢山呑めば効く気がする。


「さて、現実をしっかりと踏まえて頂いた所で、お披露目会の運営側から決定事項を伝えます」


 すっかり顔色をなくしたウィリス殿に改めて向き合う。


「ウィリス・ファルコナー殿、異世界からの花嫁殿を傷つけたその賠償金の支払いを命じます。同時に、同じく異世界からの花嫁・花婿に不安と不信を与えた件については、それぞれより抗議があった場合は誠実に対処すること。来年以降に開催されるお披露目会において、一族の方の番が見つかる可能性が限りなくなくなることを一族中において承知おき納得させて下さい」


 熊兄弟は息を呑んだ。

 賠償金や抗議に対する対処は想定内だっただろうが、今後異世界からの番が現れないことに関しては想像もしていなかっただろう。


 番のお披露目会は、異世界にいる番と出会うことの出来る唯一の機会。その会で出会えないということは、異世界に番がいてもこちらに召喚されることがなく、生涯出会えないということになる。


「……ど、どうして」


「ウィリス殿は、ランキー諸島にあったランカ王国で起きた三十年前の痛ましい事件をご存じですか?」


 ランキー諸島は大陸の南端から更に海上を進んだ先にあり、大小数え切れない程の島で構成されたのがランカ王国だった。


 その王国では一年に二回、異世界からの番召喚が行われていたと言う。一回の召喚で二人から五人と人数は少なかったけれど、一年で十人程度の花嫁・花婿を迎えていた。


 しかし、今から三十年ほど前ひとりの獣人が異世界からの番をふたり殺してしまった。理由は単純、自分の花嫁が他の獣人の花婿と楽しげに話していたから、カッとなって己の花嫁と他人の花婿を殺してしまったという。


 殺すつもりはなかったのだろう、己の番から引き離し突き飛ばした、くらいのつもりでやったことだ。しかし、異世界からやってきたヒト族はか弱く、引き離して突き飛ばした腕と爪によってあっという間に死んでしまった。


 当然番を殺された獣人の女は激怒し、己の番を殺してしまった獣人は狂い、周囲の獣人や召喚された異世界人たちを巻き込んで流血の惨事となった、と聞く。


 その後ランカ王国では女神の怒りを買ったとして、番の召喚が出来なくなり、この世界の者同士であっても番に出会えなくなった。

 この国にいては番に出会えない、と国民は国を徐々に離れていき、結果ひとつの国がなくなったのだ。


「まさか、このことで召喚の儀式が我が国で出来なくなると……!?」


「もしかすると、数年は召喚の儀式が行えない可能性もありましたよ。ですがレイ様は無事に回復され、肉体的な後遺症などもなさそうです。今の所、番の召喚儀式は行えそうです…………が、貴方がた一族の番が招かれる可能性は低いとご理解下さい」


「…………はい、申し訳ありませんでした」


 以上です、と話しを締めくくれば、縦も横もある大きな体を縮こませて熊兄弟はドアへと足を進めた。そして、足と止めて振り返る。


「トマス殿」


「……なんでしょう?」


「その、レイ殿への謝罪は……」


 被害者へ謝罪がしたい、その気持ちは分かる。とりあえず、自分の中にある罪悪感が軽減されるし、周囲が自分を見る目も変わってくるだろう。


「レイ様はまだ意識を回復させたばかりです、今すぐの面会は許可出来ません。落ち着かれた頃にお伺いを立ててみますが、期待はしないで下さい」


「宜しくお願いします」


 大きなふたつの体が部屋から消えてから、私は机の引き出しからもう一袋胃薬を取り出した。

 胃が痛い。キリキリとナイフで引き裂かれているかのようだ。これもみな、あの脳の中まで筋肉で出来ている熊獣人のせいかと思うと、更に胃の辺りが熱くなった。


「お薬の前にこちらをどうぞ」


 手にした胃薬を奪われ、目の前には湯気のあがるハーブティーが置かれた。


「胃痛に効くというハーブティーです。連続で薬を服用することは推奨されておりません、ですので、代わりにお茶を」


 有能な部下はそう言って笑顔を浮かべた。その笑顔からは薬ではなく茶を飲め、という圧を感じる。


「本当に、来年も番召喚の儀式、出来るのでしょうかねぇ?」


 カップを口に付ける寸前で部下が言ったので、また胃がズキリと痛んだ。口の中に温かさは感じたものの、茶の味は甘いのか苦いのかもさっぱり全く分からない。


「どうだろうな、女神の水晶にはなんの変化もないから。大丈夫だろうって勝手に思っているけどね」


 番の召喚儀式を行う時に使う一抱えもある大きさの水晶は、〝女神の水晶〟と呼ばれていて、その水晶から湧き出る力によって異世界と一方通行の扉を開く。


 淡い桃色に光る水晶は、ランカ王国の資料によると召喚が出来なくなった時は色も光も失ったとあった。今朝、水晶を確認した時は桃色に光っていたので、おそらく大丈夫だ……と思う。思いたい。


 これで、ある日突然水晶が力をなくしたなんてことになったら、責任者である私はどう責任をとったらいいのか?


「トマス様?」


「……いや、なんでもない」


 私は味のしないハーブティーを飲み干し、お代わりを頼んだ。

 胃薬も胃痛に効くというハーブティーも、一向に効いてくる感じがない。私は両腕で腹部を抱えると、執務机に突っ伏した。


 これ以上のトラブルが起こることがありませんように、私の胃があるうちにお披露目会が終了しますように。これから毎日女神様にそうお祈りしようと思う。


 女神よ、我が胃をお守り下さい。

お読み下さりありがとうございます。

これ以降は不定期投稿になります、書き上がり次第投稿する予定でおりますのでゆっくりとお付き合い頂けたら嬉しいです。

宜しくお願い致します。

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