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魔王は改心出来ない  作者: シンドロウ
第二章 姫巫女ラトラナンジェと女神レナトゥス
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第一話 姫巫女は勇者に語りかけた



魔王ヒルシュヘルムの復活は、瞬く間に世界中に広がった。

オロバスが滅ぼされてから、たった三日の間に、だ。


離散していた魔王軍の残党は再集結。更に、各地にて人間から迫害を受けていた魔族達が魔王軍に参入。ヒルシュヘルムの軍勢はこれまで以上に苛烈な殺戮を始め、各地で残酷の限りを尽くしていた。


その間、シュバルは焼き尽くされたオロバスの前で三日三晩座り込んでいた。



「カァ! カァ!」



串刺しにされた村人達の骸を、カラス達が啄む。

彼等を埋葬する気力すら、シュバルの中には残されていなかった。


この三日間、シュバルは一睡もしていない。食事はおろか、水を飲むことすらしていない。腐臭立ち込め、蝿が飛び交う空気の中に座り込み、虚空を眺める。そして時折、呻き声を上げて地に臥し転ぶ。その繰り返しだ。



「あああ……あぁああああ……!!」



眼を閉じると、あの惨劇が鮮烈に蘇る。脳裏に在りし日の村人達の姿が、フラッシュバックする。

嵐の如く押し寄せる自責と悔恨。そして、行き場を失くした殺意が、シュバルを苛む。



――何故あの時、ヒルシュヘルムを救おうなどと考えたのか。

――何故あの時、ヒルシュヘルムを故郷に招いたのか。

――何故あの時、ヒルシュヘルムを村に残したのか。

――何故あの時、ヒルシュヘルムを。

――何故。

――何故。

――何故。

――何故。



「うぅう……うあぁああ……」



酷く痛む頭を抱えながら、シュバルは地面の上をのたうち回る。


悔やんだ所で、何もかも遅い。呪った所で、何も出来ない。聖剣は折れた。仮に剣が刃毀れ一つしていなくとも、≪不跪のローデリカ≫を持つヒルシュヘルムに勝てる由は無い。



思い違いをしていたのだ。

あの日、相手を見逃したのはシュバルではない。ヒルシュヘルムの方だった。



もしあの時、ヒルシュヘルムが説得に応じる事なく魔剣を振るっていたのなら、シュバルは死んでいた。仲間達と力を合わせたとて、勝てる相手では無かった。ヒルシュヘルムが見せたあの一太刀で、シュバルはそれを痛感させられた。


彼は、故郷を滅ぼし、愛するラトラナンジェを屍霊人形にしたヒルシュヘルムに一矢報いることさえ出来ない。聖剣を失い、戦意まで無くした力無き男に出来ることは、罪業の焔に身を焼かれ続けること。それだけだ。


そんなシュバルの様子を、ラトラナンジェはただ、見つめていた。



ラトラナンジェは、ころころと表情が変わる愛くるしい姫君だった。王家の生まれが故の気品と風格を持ちながら天真爛漫で、よく笑い、よく泣き、よく怒る。そんな少女だった。

魔王討伐の旅の道中、ラトラナンジェが見せる表情の一つ一つが愛おしく、シュバルは彼女に強く心惹かれていた。


だが、屍霊人形となったラトラナンジェは、感情の一つも宿さず、その顔はまさに人形そのものであった。


物も言わず、何も感じず、ただ其処に居るだけの動く骸。裸のままでいても恥じらわず、その痛ましい術痕から眼を背けようとシュバルが放り投げた外套を纏う姿は、ラトラナンジェの喪失を嫌というほど思い知らせてくる。


ヒルシュヘルムは、愛する人を失う悲しみをシュバルに味あわせまいとラトラナンジェの亡骸を屍霊人形に変えたというが、彼女であったものが傍らに佇んでいる方がいっそ、シュバルには辛かった。

そんな彼の心境を知る由も無く、ラトラナンジェは無言無表情のまま三日三晩立ち尽くしていたのだが――その日、彼女にある変化が現れた。



「…………シュバル」


「……え」



陽が沈み出した頃。ラトラナンジェが、喋った。


幻聴か、獣の鳴き声を聞き違えたかと思ったシュバルであったが、それまで瞬きすらしなかったラトラナンジェの口は、確かに動いていた。



「シュバル……勇者、シュバルよ」



今度こそ間違いない。ラトラナンジェが、喋っている。口を動かし、声を発し、自分の名を呼ぶラトラナンジェを、シュバルは混迷と恐懼の形相で見据えた。



「だ……誰だ、お前は……」



ラトラナンジェが蘇ったと、幻想を抱くことすら出来なかった。


今、自分に語りかけているのは、ラトラナンジェではない。悍ましい程、確信出来る。



(はい、シュバル様。どうか、道中お気を付けて)



ラトラナンジェは、自分に様を付けて呼ぶのだ。


王女に畏まられるような人間ではないのだから呼び捨てにしてくれと、旅の道中何度も言ってきたが、彼女は終ぞ自分をシュバルと呼ぶことは無かった。



――誰かが、ラトラナンジェの骸を使って自分に呼びかけている。



かつて自分達を罠にかけようとした卑劣な屍霊術使いは、娘の喉に仕掛けた魔法石から声を出し、遠く離れた場所から此方を誘導していた。


ヒルシュヘルムが、同じ様にしているのか。はたまた、彼の配下がそうしているのか。

シュバルは震える手で腰の短刀を抜き取り、切っ先をラトラナンジェに向けた。



「おや、私が、ラトラナンジェではないことが、分かるのですね。流石、勇者です」



上手く口を動かせないのか。ラトラナンジェの声は時折途切れている。その話し方が、旅の途中で立ち寄った古代遺跡のゴーレムを彷彿とさせて、シュバルは胸を内側から刺されるような心地に歯を食い縛った。


魔法仕掛けの兵士と同じ無機質さをラトラナンジェから感じたことで、彼女が屍霊人形であることを改めて痛感させられた。


彼女が還らぬ人であることは、もう嫌と言うほど理解していたというのにと、シュバルが悲痛に顔を歪める中。声の主は、自らの正体を明かした。



「私は、レナトゥス。女神レナトゥス、です」


「レナトゥス……?」

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