第六話 勇者は魔王に敗れた
遥か昔、この世界は意志を持つ災厄に侵された。
厄神デザストロフ。幾多の神々を屠り、無数の人々を死に至らしめたその大厄災は、女神レナトゥスが造った剣と、選ばれし勇者によって打ち滅ぼされた。
あらゆる魔を断ち、呪を祓い、毒を消す光の聖剣。それが神具、≪不退のヴィットーリア≫だ。
「なん、で……」
その聖剣が、ヒルシュヘルムに傷一つ付けることも出来ぬまま、折れた。神をも殺めた伝説の剣が、たった一太刀で敗れた。
悪い夢を見ているようだった。そうでなければ、説明が付かない。
この剣は正真正銘、≪不退のヴィットーリア≫だ。この世に唯一無二、女神レナトゥスが造った神具だ。それが、何故叩き折られているのだと膝から崩れ落ちたシュバルの前で、ヒルシュヘルムは腕を振る。
「たかが強い力を持った魔族程度では、神具に立ち向かえる筈も無い。だから私は、いつか聖剣に選ばれた勇者が現れた時に備えていた」
否、正しくは――腕に埋め込まれている剣を、振るった。
「神具を持つ者同士であれば、純粋な力で勝る方が勝つだろう。だから私も、神が造りたもうた武器を探した」
その剣はまるで、生き物のようだった。
右腕、肘の辺りから皮膚を食い破るようにして姿を現した黒い刃は、脈打つ太い血管のような触腕を伸ばし、ヒルシュヘルムを離すまいとしている。巨大な目玉をギョロギョロと動かし、ジュルジュルと血肉を啜るような音を立てながら、どす黒く発光するその剣は、ヒルシュヘルムが対勇者に備えて手に入れた魔剣。
「神具≪不跪のローデリカ≫。聖剣の勇者が敗れた時に備えて造られたもう一つの剣……禁断の魔剣だ」
「あ……あぁ……」
「……今度こそ、さようならだ。シュバル……我が永遠の友よ」
その剣をシュバルに向けることなく、ヒルシュヘルムは再び踵を返した。
宿主に寄生し、生命力を吸い上げることで力を増幅させるこの魔剣を手放すことは出来ない。
それでも、あの日彼がそうしてくれたようにしたかった。
復讐に囚われていた自分を救い、再び人を愛し、信じる心を与えてくれた、善性と美徳から生まれた勇者。二度と会うことは無くとも、自分達は永遠の友だと、ヒルシュヘルムは慟哭を上げるシュバルに別れを告げた。
「どうか、穏やかに生きてくれ。その身と心が復讐に囚われることのないよう……祈っているよ」
―第一章 魔王ヒルシュヘルムと勇者シュバル 完―




