第四話 魔王は人を殺した
燃え盛る村の中から悠然と現れたヒルシュヘルムは、体の右半分を失った村人を引き摺っていた。
あれは誰か。顔も名前もはっきり分かるのに、分かりたくなくて、シュバルは頭を振る。その姿を憐れむような顔をしながら、ヒルシュヘルムは村人の亡骸を地面に打ち捨てた。
「ちょうど今、最後の一人が死んだ所だ。……此処に立てておく予定だったのだが、思っていたより早かったな」
「ヒルシュ……お前、なんで……」
ヒルシュヘルムは、人を愛する心を取り戻していた。
オロバスの村人達の中で、少しぎこちなくも笑い、彼等との暮らしの中で酷く穏やかな顔を見せてくれていた。こんなにも温かい場所が、この世界に在ったのだなと、はにかんでくれた。
いつか世界中が、この村のようになってくれるように努めたいと、真っ直ぐな眼で語ってくれた。
それなのに!!
地面に這いつくばったまま、シュバルはヒルシュヘルムを睨む。無数の感情が入り混じり、ぐちゃぐちゃに滲んだその眼を見据えながら、ヒルシュヘルムは酷く平淡な声で呟いた。
「……息をするように、一人殺した」
「…………え」
「私に懐いてくれていた子ども……そう、エリーだった。シロツメクサの冠を作ったのだと駆け寄ってきたあの子を……私は、意図せず殺していた。この手で腹を貫き……そのまま胴体を真っ二つにして、殺した」
其処に居るだろう、と言うようにヒルシュヘルムは丸太に刺さった子どもの死体を指差した。その指を、つつと横に滑らせながら、ヒルシュヘルムはこの凶行に至った流れを淡々と語る。
「エリーと一緒に来たテオも殺した。エリーを殺した所を見られたから、生かしてはおけないと思って殺した。悲鳴を上げる暇も与えず、口に手を突っ込んで……そのまま脳をぶち撒けさせて、殺した。エリーとテオを殺してしまったから、彼等の家族も殺さないといけないと思った。……自分達の子どもが殺されたとなれば、きっと騒ぎ立てるだろうと思ったから、エリーのテオの家を焼いた。そしたら火事になって、隣家に燃え移って、また人が死んで、だからまた殺さないといけないと思って殺して、それで――」
死が、死を招く。燃え広がる火のように、ヒルシュヘルムの殺意は伝播し、オロバスの人々を鏖殺した。
止めようが無かった。止められる筈も無かった。だからこれは致し方ないことなのだと言うように、ヒルシュヘルムは赫々と燃える空を仰ぎ、嗤った。
「気が付いたんだ。私は、人間を殺すのがどうしようもなく好きなのだと」
その笑みは、背筋が凍る程に禍々しく、そのくせ嫌に穏やかで、吐き気がした。
腹の底が引き攣り、胃液の味が粘り付いた咥内が酷く乾く。体が内側から壊れていうような感覚に身を晒しながら、シュバルは眼球だけを動かして、ヒルシュヘルムを見遣る。
「何を……言ってるんだ……お前……」
「……私が人間を虐殺していたのは、復讐の為じゃなかったんだ」
自分を慕ってくれた子どもを無意識の内に惨殺したことで、ヒルシュヘルムは自覚した。己の内に潜む、どうしようもない性を。魔王として人々を嬲り、苛み、残虐の限りを尽くした日々の中で生まれた悪性を。
「私は、人間を殺すのが好きで好きで堪らない。だから執拗に、徹底して、一人一人嬲るようにして人間を殺していたんだ。その気になれば一週間と掛けずに滅ぼせたものを何年も生かしてきたのは、人間を殺すのが愉しかったからなんだ」
「そん……な……」
シュバルの言葉に胸を打たれたのは事実だ。ディアガルドの為にも、復讐などするべきではないと思う気持ちも変わらない。オロバスの村人達を尊ぶ想いにも、嘘偽りは無い。
それでも、人間を殺したいという衝動には勝てないのだ。
この身には、人の臓腑を暴き、断末魔の叫びと赤い血を浴びる悦楽が、骨の髄まで刻み込まれている。理性で押さえ込めるものではない。これは食事や睡眠のように生きることの中に組み込まれてしまっているのだと、ヒルシュヘルムは嘆く。
「あぁ、けれど……お前には済まない事をした。お前は私を救ってくれたのに……本当に申し訳ないと思っているよ、シュバル」
「お、前ぇ……ッ!!」
どの口で、とシュバルが抑え切れない瞋恚を剥いたその時。彼の眼前に、新たな絶望が突き付けられた。
「だから、彼女は返そう。……愛する者が傍にいない悲しみは、とても堪え難いものだからな」




