第八話 勇者は蔓髪族の血を流した
デュランハルトと過ごした時間は、そう長くなかった。
傷だらけの彼を治療して、シュバル達と合流してからトラオベを旅立つまでの、一週間と少し程度。
それでもフェニチアは、デュランハルトに惹かれていた。太陽のように明るく、力強く、豪快さの中に繊細さを併せ持つ、その人柄に。だから、魔族と人間という垣根を越えて、この人と生きたいと、そう思ったのだ。
「デュラン……デュラン……そんな、なんで……どうしてぇ……ッ!!」
地面に転がり落ちた、愛する人の頭と胴を前に、フェニチアが頽れる。その様を一瞥だけして、シュバルは刎ね飛ばしたデュランハルトの首へと歩を進める。
「触らないで!!」
もう何もかもが手遅れだとは分かっている。それでもデュランハルトを、生涯を共にすると誓った愛する人を、こんな人間に連れてはいかせないと、フェニチアは叫んだ。
人質を取り、背後から相手の首を刎ねるような卑怯者に、デュランハルトの尊厳を踏み躙らせて堪るかと、両腕をラトラナンジェの魔法に拘束されながら、フェニチアは地を這い蹲う。
「デュランは……デュランは私の――」
その背中を、剣が刺し貫いた。
デュランハルトの頭を拾い上げんとしたシュバルが、その手に握られた≪不堪のハミエ≫が。
「あ……あな、た」
デュランハルトは言った筈だ。フェニチアと、トラオベ村の人々には手を出さないでくれと。
彼の望みはそれだけだった。目的が彼の殺害及び亡骸の回収であるなら、これ以上の殺戮に意味も無い。だのに、何故。
ワイン色の血を吐きながら、フェニチアはシュバルを睨め付けた。
「待、ちなさ…………貴方……デュランとの約束、は……」
「…………お前達に手を出さないと、俺は答えたか?」
未だかつて感じた事のない怒りと憎悪に、フェニチアは歯を食い縛った。
悔しくて、哀しくて、涙が出る。こんな、こんな男を信じてデュランハルトは死んだのかと。フェニチアは額を地面に打ち付けた。
「何が……勇者よ……」
デュランハルトが信じた勇者は、もう居ない。
此処に居るのは、魔王討伐という妄執に囚われた獣だ。血で血を洗い、徒に屍を築くだけの道に、正義は無い。大義も無い。デュランハルトが死んだ意味も、意義も!
「貴方は悪魔だわ!! 例え魔王を倒したって、誰も貴方を勇者だなんて認めない……認めるものですか!!」
嗚呼、神よ。高潔なる戦士達が信じた、運命を司る女神よ。
例え貴女が魔族に微笑まずとも、私は祈ろう。
どうか、この男に罰を、報いを!
ありったけの憎悪を込めて、フェニチアは天にも届けと力の限り吼える。
「呪われなさい!! 貴方の生涯には金輪際、一刻の安らぎも一匙の幸福も与えられはしないわ!! 偽りの勇者の行く末に、救いなんて――」
それを、ただ黙って見ていたシュバルの眼前で、フェニチアの体が白い炎に包まれた。
「あ゛」
短い断末魔と共に、フェニチアの体が灰と化した。
――女神の白火。魔なるもの、邪悪なるものを激しく燃やす聖なる炎。その余りに苛烈な力を厭い、彼女が使う事を躊躇っていた聖魔法だ。
「…………ラトラナンジェ、」
「…………」
シュバルに害成すものと見做したのか。機械的判断でフェニチアを焼き払ったラトラナンジェの眼は、ただ対象の絶命だけを観測している。
「……お前なら……最後まで聞いていた筈だよ……ラトラナンジェ」
例えそれが尽きる事のない罵声でも、一つ残さず聞き届ける事に何の意味が無くても。彼女なら、そうすべきだと言っていただろう。
そも、彼女はこんな行いを赦しはしないだろうがと、シュバルは形ばかりのラトラナンジェから眼を逸らし、フェニチアを焼き尽くして尚、煌々と燃え盛る炎を見つめた。
今の自分はきっと、あの火で良く燃えるのだろう。
何よりも大切な筈の仲間を手にかけ、かつて守ろうとした人々を見捨て、無辜の民すら鏖殺した、今の自分では。
「トラオベ村の住民達を鏖したのは良い判断です、シュバル」




