第六話 勇者は戦士に問い掛けた
喉元に向けられた切っ先のような眼で見据えられ、デュランハルトはその場に踏み止まった。
今、自分は――剣と敵意を向けられている。誰よりも優しく、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも何よりも誇らしく思っていたあのシュバルに、愛するフェニチアを人質に取られながら。
一体、何がどうしてこうなったのだと押し黙るデュランハルトに、シュバルは努めて淡々とした声で命じた。
「……一歩でも動いたら、フェニチアを殺す……。だから、動かないでくれ……デュランハルト……」
「お、前ぇえええッ!!」
「村の奴等は、全員ラトラナンジェの魔法で眠らせている……。声を上げても、誰も助けに来ない……だから、大人しく言う事を聞いてくれ……」
「言う事を聞けだと……この状況で、何しようってんだよ、お前!!」
シュバルが、何の理由もなくこのような所業に及ぶ男ではないとデュランハルトは理解している。どう見てもまともではないラトラナンジェの様子から見ても、それは明らかだ。
それでも、憤らずにはいられなかった。これが勇者の、勇者シュバルのする事かと。
堪らず怒声を上げるデュランハルトに、シュバルは微かに眼を伏せた。
――今ならまだ、彼は赦してくれるだろう。
ヒルシュヘルムを止められなかった事も、オロバスの村人やラトラナンジェを守れなかった事も、グルニ村の人々を見捨てた事も、フェニチアを人質に取った事も、剣を向けた事も、仲間達を手にかけようとした事も。
あの日、ヒルシュヘルムと戦わないと言った自分を最初に肯定してくれた時のように。
(一番近くにいるのがデュランハルトというのは僥倖でした)
レナトゥスの言葉は、正しかった。
一番最初に殺すべきは、デュランハルトだったのだ。こんな自分でもきっと赦してくれる彼を殺す事で、何をしてでも成し遂げてみせるという覚悟が、決まる。
デュランハルトに向けた≪不堪のハミエ≫を握り直し、シュバルは己に言い聞かせるように答えた。
「俺は……今度こそアイツを……ヒルシュヘルムを殺す。その為に……お前達が必要なんだ…………」
全ては、ヒルシュヘルムを殺す為に。
ただそれだけだ。ただ、それだけしかないのだと言うシュバルに、デュランハルトは納得出来ないと叫ぶ。
「だったら、こんな事しなくても!!」
「ならお前は!! ……お前は、ヒルシュヘルムを殺す為に死んでくれって言っても、聞き入れてくれるのか……?」
その訴えをシュバルの血声に掻き消され、デュランハルトは一瞬竦んだ。
彼には、理解出来なかった。何故、今になってそんな事を問うのか。何故、そんな事の為にこんな手段を取るのか。ヒルシュヘルムを斃す為、力を貸してほしいと言うのなら、そう言えばいいだろうに。
光を失ったシュバルの眼の底に、何か恐ろしいものが潜んでいるようだと臆しながら、それでもデュランハルトは彼を真っ直ぐに見据える。
「あ――当たり前だろ! 俺は、あの時だって今だって、お前達の為なら死ぬ覚悟だって」
「そうじゃない……そういう話じゃないんだ、デュランハルト……」
弱々しく頭を振りながら、シュバルが項垂れる。
分かっている。ヒルシュヘルムを殺す為に死んでくれと言えば、デュランハルトは愛する人と生きる日々を捨てて、その願いに応じてくれると。
だがこれは、そういう話ではないのだ。
シュバルが言っているのは、命を捨てる覚悟で共に戦ってくれ、という事ではない。言葉通り――ヒルシュヘルムを斃す為に死ねと、そう言っているのだ。
「ヒルシュヘルムは正真正銘の化け物だ……俺達が束になって掛かっても敵う相手じゃなくて……アイツを殺すには、新しい神具を造るしかない……。その為に女神が必要としている材料が……お前達なんだよ……」
「…………」
「それでもお前は……ヒルシュヘルムを殺す為ならって死んでくれるのか。デュランハルト……」
シュバルが問い掛けているのは、死を覚悟して魔王と戦えという事ではない。魔王を殺す道具になる為に死ねるのかという事だ。そんな戦士の矜持も尊厳も踏み躙られるような選択を、果たしてお前は受け入れられるのかと、シュバルは問う。
その声も、剣を握り締めた手も、可哀想なくらい震えていて。嗚呼、お前は――お前は未だ、勇者シュバルなのだなと、デュランハルトは肩にかけていた槍袋を地面に放った。
「…………一つだけ、頼みがある」




