第五話 戦士は勇者を誇りに思っていた
シュバルがヒルシュヘルムと戦わない事を選んだ時、仲間達は実に彼らしいと思うと同じだけ、それでいいのかと惑った。
国を滅ぼされたラトラナンジェも、魔王軍の非道な行いに何度も拉がれたアステリオも、魔王を赦すという選択に伴う危険を懸念したメルクリウスも、魔王軍の所業によって故郷を失ったデュランハルトもまた、惑った。
だが、その正誤を問う気持ち以上に、魔王と戦わないという選択をしたシュバルを、デュランハルトは誇らしく思った。
彼とて、理解していただろう。ヒルシュヘルムに手を差し伸べるという事が、世界の全てを敵に回すに等しい行いだという事を。
それでもシュバルは、人の手によって傷付けられたヒルシュヘルムの心に寄り添い、人と魔族の禍根を断つべく、何より険しい荊の道を行く事を決めた。
これぞ、これこそ勇者だと、デュランハルトはシュバルの選択を何よりの誇りに思った。
彼と出会い、共に戦い、此処まで辿り着けた。それが我が生涯の最たる幸福であり幸運であると、デュランハルトは女神ファタリテに感謝を捧げながら、こう言った。
信じようぜ、俺達の勇者様を――と。
「山の中……しかも魔族の村で暮らしているから、お前の耳には届いていないだろうけど……ヒルシュヘルムは魔王に返り咲き、魔王軍の残党を集めて、再び人間達の虐殺を始めている。俺達は、魔王討伐を騙った偽りの勇者一行として王国騎士団から指名手配されていて……人間から魔族から、世界中から恨みを買っている……」
だから、あの日の選択が間違っていたとは思わない。
では、何が間違っていたのか。
撲り抜けられたようにぐらつく頭で考えても分からない。分かりたくもなかった。
暫しその場に立ち尽くし、呆然とシュバルを見ていたデュランハルトは、やがてある事に気が付いた。
「…………まさか、ラトラナンジェが居ないのは……」
シュバルがたった一人で此処に居たのは、何か事情があるからだとは思っていた。そうでなければ、彼がラトラナンジェを置いて来る事も、ラトラナンジェが彼を一人にする事も無いだろうと高を括っていたが――。
瞬く間に青白くなった顔を悲痛に歪ませるデュランハルトを、シュバルは暫し無言で凝視した。
デュランハルトは、ラトラナンジェを妹分のように可愛がっていた。仲間として彼女を信頼し、尊敬し、一国の姫として敬意を払い、家族の如く騎士の如く接していた。
ヒルシュヘルムが裏切った事より、自分達が指名手配を受けている事より、ラトラナンジェの訃報が何より信じられないと、デュランハルトは俯き、震える拳を固く固く、握り締める。
――嗚呼、本当に良い奴だ。いっそ、恨めしい程に。
彼が、自分のようなどうしようもない奴であったなら、こんなに迷う事も無かったのにと、シュバルは込み上げる様々なものを押し戻すように天を仰いだ。
「…………すまない、デュランハルト」
お前が何を謝る事がある、とデュランハルトが顔を上げる。彼がシュバルの言葉を理解したのは、その次の瞬間だった。
「……ラトラ、ナンジェ……?」
シュバルの背後数メートル先に、ラトラナンジェが立っていた。
継ぎ接ぎだらけの顔で、生気のない眼をして、その手に短剣を持って――それを、拘束したフェニチアの首に宛がって。
悪い夢を見ているようだった。そうでなければ、何故こんなにも悍ましい事が起きているのか、理解も納得も出来はしないと、デュランハルトは別人のように変わり果てたラトラナンジェに問う。
どうか、全て嘘だと言ってくれと冀うように。
「お前、その顔…………いや、それより、お前……何、を」
「動くな」




