第三話 勇者は朝が来ない事を祈った
デュランハルトは、ラトラナンジェと旅を始めて最初に出会った仲間だった。
(ったく、仕方ねぇなぁ。お前らだけじゃ危なっかしいし、でけぇ借りも出来ちまったからな)
(戦士デュランハルト。この槍と戦士の村の誇りに誓い、お前らの魔王討伐の旅……付き合ってやるぜ)
魔獣の群れ相手に苦戦していた所を助けてくれて、超巨大蛇ヨルルンガンダと魔獣使いプロヴァトリオンとの戦いを経て、共に魔王軍と戦う仲間になってくれた。
それから、旅に不慣れだった自分達に様々な助言をくれて、いつも最前線に立って戦ってくれて、その思慮深い眼差しで仲間達の事をつぶさに気に掛けてくれて――。
(先陣切るのは俺の仕事だ、シュバル。危険は俺が担う。その代わり、俺の背中と後ろの仲間達は、お前に任せたぜ)
(聖剣の力は半端じゃねぇ。だからこそ、お前自身が強くなる事に意味がある。剣術は齧った程度だが、鍛えてやるぜシュバル)
(ラトラナンジェにプレゼント? ははぁ~ん、お前もついにその気になったかシュバル! え、違う? んだよ、焦らしやがるな~~)
(決戦前夜に言うのもアレだが……お前らとの旅、楽しかったぜ。あの日、あの場所で、お前達に出会えて本当に良かった)
彼には、数えきれない程の恩がある。彼無しには、ヒルシュヘルムの元まで辿り着く事はきっと出来なかっただろう。そんなデュランハルトを自分は、この手で殺すのだ。
愛する人と添い遂げ、幸せな日々の中にいる彼を血の海に沈め、戦士の村の誇りであり形見である≪必殺の槍≫を、次の仲間殺しの為に使う。こんな事がどうして許されよう。シュバルは寝具の上に身を丸め、込み上げる吐き気と嗚咽を必死に堪えた。
「う……うぅ……」
最早自分には、涙を流す権利すらない。吐くまで泣いた所で、死ぬほど悔いた所で、この罪が希釈される筈も無いのだから。
歯が砕けんばかりに切歯しながら、シュバルが惨めに身を屈めていたその時。誰かが、酷く優しく頭を撫でてきた。
「…………ラトラ?」
振り向けば、もう一つのベッドに入っていた筈のラトラナンジェが傍らに立っていた。
その継ぎ接ぎだらけの手で、悪夢に怯える子どもを宥めるように、ラトラナンジェはシュバルの頭を撫でる。
これも、ヒルシュヘルムが彼女に仕込んだ「シュバルの傍に寄り添う」という作用から生じているのか。そうでなければ、物言わぬ屍霊人形がこのような真似をする筈が無い。
温度の無いラトラナンジェの手を握り、彼女の顔を仰ぐ。光も感情も宿していない深紅の瞳は、何も語らない。どれだけ覗き込んでも、何も汲み取る事は出来ないだろう。
彼女の残滓は、此処に無い。だのに、どうしてこんな風に添い遂げてくれるのだと、シュバルは一晩中己の罪深さに拉がれ続け、ラトラナンジェはそんな彼に寄り添い続けた。
夜が明けるのがこんなにも恨めしく思えたのは、これが初めてだった。




